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「アメリカ音楽の新しい地図」書評 分断の時代映す文化の「地勢図」

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月26日
アメリカ音楽の新しい地図 著者:大和田 俊之 出版社:筑摩書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784480874092
発売⽇: 2021/12/25
サイズ: 19cm/240,4p

「アメリカ音楽の新しい地図」 [著]大和田俊之

 書名が面白い本は、たいてい面白い本である。本書もそうだろう。だって音楽を語るのに「地図」とは。
 もとは2017年に版元のサイトで始めた連載の集成だ。テイラー・スウィフト、ラナ・デル・レイ、カーディ・B、ケンドリック・ラマー、チャンス・ザ・ラッパー、そしていまや“洋楽離れ”のはなはだしい日本でも大人気のBTS(防弾少年団)などの楽曲からパフォーマンス、言動まで素描的に論じている点で、確かに本書は現代アメリカのポピュラー音楽状況のマッピング(地図化)だろう。
 しかし「マップ」が空間上の位置関係を示す図であるのに対し、本書のいう地図はむしろ「地勢図」(ジオグラフィ)じゃないかと思うのだ。
 こういう場合の「地勢図」はその場にしか現出しない地霊とか、環境上の固有の条件のことを含んでいる。つまり本書は折からのトランプ政権の出現状況を背景に、人種的・政治的分断が取り沙汰され、単に左右の対立だけでは片づけられなくなったこの間のアメリカ文化ならではの見取り図を、音楽シーンに見てとろうとしているわけである。
 もっとも文学研究者がラップなどを相手にすると、とかく歌詞を訓詁(くんこ)学さながらに読み解く式の粗雑な深読み(というのは語義矛盾ですが)になりがちなのだが、そこはハーマン・メルヴィルを新歴史主義で解釈する仕事でその道に入った著者だけに、「解釈」に対して慎重に――しかも極力目立たないやり方で――留保をつける。そのあたりのこなれた書きっぷりが、一面では「歌は世につれ世は歌につれ」の現代版でもある本書の、著者ならではの隠し味になっている。
 人気の尺度として自明視される「ビルボード」のランキング方式の問題とリスナーの聴取行動データを蓄積する「音楽認識」アプリの可能性など、“音楽界の産業インフラ”に注目した章なども「地勢図」の信頼性をうかがわせる。
    ◇
おおわだ・としゆき 1970年生まれ。慶応大教授。2011年、著書『アメリカ音楽史』でサントリー学芸賞受賞。