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「不村家奇譚」彩藤アザミさんインタビュー 恐ろしくも哀しい、呪われた一族の物語

彩藤アザミさん=いずれも本人提供

「じわじわ迫ってくる」怖さを目指して

――『不村家奇譚 ある憑きもの一族の年代記』は、呪われた旧家での怪異と事件を描いたホラーミステリです。執筆の経緯について教えていただけますか。

 これまでの作品は(謎が合理的に解かれる)本格ミステリでしたが、今回は怪異を怪異のまま描きながら、そこに一定のルールがあるというホラーミステリを書きたかったんです。ある旧家の歴史を書こうという発想は早い段階からあって、共通する怪異として「憑きもの」を扱うことにしました。

――某県にある不村家は「水憑き」の血を受け継ぐ一族。そのため数代に一度、体の一部を「お納め」した赤ん坊が生まれてきます。憑きものといえば狐憑きなどがよく知られていますが、水憑きというのは架空の存在でしょうか?

 完全にオリジナルです。不村家の秘密に関わる部分を考えていて、そこから浮かんできたのが水というイメージでした。ミステリなので憑きものの正体は後半まで隠していますが、察しのいい方は冒頭あたりで気づくと思います。

――ぴちゃぴちゃという水音が滴り、屋敷内を血まみれの足だけが歩き回る……。家に取り憑いている霊「あわこさま」の出現シーンにはぞっとさせられました。

 それはよかったです。タイトルに「奇譚」とある通り、派手な怖さではなく、じわじわと迫ってくるような不気味さのあるホラーを意識しました。「あわこさま」には当初名前がなくて、「あれが来る」といった書き方をしていたんです。でも名前がついていた方がより恐怖が際立つような気がして、水からの連想であわこさまと名付けました。

彩藤アザミさん

書かずにはいられなかった物語

――不村家には各地から集められた「異形の者」たちが大勢奉公しています。「子どものような躰をした年より」の重さん、「毛むくじゃら」の弥々ねえ、「壺の中に入れられて、首だけ出した状態で育てられた」壺彦……。そんな不村家は周辺住民から怖れられ、差別的な目を向けられています。

 映画「フリークス」のような視覚的イメージが執筆当初からありました。自分が一番書きたいものはこの世界なんだ、という確信はあったのですが、一方で書いてはいけないことなんじゃないか、現代では許されないんじゃないかという葛藤もあって、編集さんとやり取りしながら方向性を固めていったという感じでしたね。

――作家の綾辻行人さんは帯に寄せた推薦文で、「二〇二〇年代の現在(いま)にあってどうしてもこれを書かずにはいられなかった作者の想い」に打たれたと書かれています。私も彩藤さんの覚悟のようなものを強く感じました。

 異形のもの、奇形的なものに昔から惹かれる部分があって、いつかテーマにしたいとは思っていたんです。どうして惹かれてしまうのか、そこはうまく言葉にできないんですけど……。怖れを感じるとともに、言いようのない美を感じてしまう自分もいて、そういう感情をはっきり書き残しておきたかった、というのはありますね。

――類似のモチーフは江戸川乱歩の長編『孤島の鬼』でも扱われていますが、乱歩の時代と今とでは差別や人権に関する意識が異なります。

 現代にこの物語を書く意味については、すごく考えました。作中にはいわゆる差別用語もたくさん出てきます。そうした言葉があった歴史をなかったものにしたくないので。とはいえ無造作に使って良い表現でもない。価値観の変化もあわせて表現できればと思っていました。

 それとこの作品で意識したのは、外見だけでなく内面の多様性です。世の中には善人もいれば狡い人も極悪人もいる。それは健常者だから、体に障害があるからという話とはまったく別の問題です。そこは画一的な描き方をしないよう、偏見を助長することがないよう、特に気をつけたところです。なのでどちら側にも善人悪人がいるようにキャラを配置しました。

『不村家奇譚』(新潮社)

闇は駆逐するのではなく、共存するもの

――使用人夫婦の間に生まれた少年・菊太郎、狗神遣いの少女・詠子、生首だけで生きるきょうだいと意思疎通する中学生・ヨウ。さまざまな視点人物が不村家の秘められた歴史を物語るという、年代記小説になっていますね。

 年代記形式にしようというのも、早い段階で決めていました。桜庭一樹さんの『赤朽葉家の伝説』や岩井志麻子さんの『べっぴんぢごく』など、この形式で書かれた小説が大好きだからです。最近読んだものだと斉木香津さんの『五十坂家の百年』も面白かったですし、担当さんに薦めてもらってガルシア=マルケスの『百年の孤独』も読みました。それらの作品に刺激を受けながら、呪われた一族のイメージを膨らませていきました。

――デビュー作『サナキの森』は岩手県の遠野が舞台でしたが、今回の不村家も東北某県にあるという設定ですね。

 わたしが東北出身なので舞台として書きやすいんです。子供の頃から郷土史的な知識は身近にありましたし、田舎の生活についての知識もある。桜の咲く時期とか雪の降り方とか、気候もよく分かっているので、描写しやすいというメリットがありますね。

――最終章「うたかた」では、不村家の呪いの行く末について不気味な暗示がなされます。

 闇は駆逐するものではなく共存するものだ、というのを本作ではひとつの答えとして書きました。どれだけ科学が発達しても、幽霊や妖怪の話がなくなることはおそらくありませんし、闇を恐れる気持ちはなくならない。なくしてはいけないものだ、とも思います。人間は自分を超えた存在への恐れをどこかで持っているべきじゃないかなと。だからこの物語でも、人間が呪いに打ち勝ったという安易な展開にはしたくなかったんです。

――読者の反響はいかがですか。

 受け入れてもらえたようで、まずはほっとしました。炎上するんじゃないか、誰かを傷つけてしまうんじゃないかという不安はずっとありましたから。ネットの感想を読む限りでは、フィクションとして楽しんでくれた方が大半のようで、きちんと届けることができたのかなと思っています。

琴線に触れる江戸川乱歩「孤島の鬼」

――彩藤さんの作品はレトロで怪奇・幻想的な雰囲気のものが多いですね。これまでどんな作品に影響を受けてこられましたか。

 大きな影響を受けた作家さんの一人に綾辻行人さんがいます。今回綾辻さんに帯文をいただけたのは本当に嬉しかったですね。作家になってよかった! と思いました。乙一さんも好きですね。簡単な言葉で、すごく複雑なことを表現されていて、読んでいてはっとさせられることが多いです。あとは江戸川乱歩。わたしは乱歩と乙一さんとは誕生日が同じなので、ちょっとしたご縁を感じています(笑)。同世代の作家さんだと、『牛家』などを書かれている岩城裕明さんが特に好きです。

――乱歩といえばさっき名前を挙げた『孤島の鬼』の影響も大きいですか。

 すごく大きいですね。やっぱり自分にとって特別な作品なので。あの中に秀ちゃんと吉ちゃんという双生児の書いた手記が出てきますが、その文章が私の琴線に触れるんです。外の世界を知らず、自分たちの境遇も知らずに、必死に綴った文章がなんとも哀れで、情感に訴えてくるんですよ。

――ホラーや怪談もかなりお好きなようですね。

 はい。ホラー映画や小説も好きですが、それ以上に都市伝説やネットに書かれているような怪談が好きです。フィクションと違って明確な落ちがないので、恐怖そのものがむき出しになっている気がして、ついつい読んでしまいます。怖がりなので一人では夜読めないんですけど。

――え!? それは作風からちょっと意外な気がしますが。

 怖いものはたくさんありますよ。たとえば狭いところが怖いです。以前テレビで見た話ですが、戦争でたくさんの人が亡くなって、急いで棺桶に入れて埋葬した。何年かして掘り返してみると、棺の蓋に爪でひっかいた跡がついていた、という話なんてぞっとします。同じような理由で飛行機も怖いですね。落ちたら逃げようがないので。

――なるほど、そうした閉所恐怖症的な感覚は『不村家奇譚』にも漂っているような気がしますね。ではあらためて、『不村家奇譚』について一言お願いします。

 デビュー当初は、どうしたら読者に受けるだろうかと考えてきたんですが、この作品では自分が好きな世界をとてもまっすぐに表現することができました。胸を張って世の中に送り出せる、名刺代わりの一冊になったと思います。渡す人を選ぶ名刺ですけど(笑)。こういう作品を面白いと感じてくれる方は、わたし以外にも一定数いるはずだと思っています。