9年ぶりの作品集が注目を集めている小田雅久仁(まさくに)さん。『残月記』(双葉社)は、月を題材にした幻想的な3編を収めた。吉川英治文学新人賞を受け、本屋大賞にもノミネートされた。
3編はそれぞれ趣を異にしながら、どれも「月」をキーワードに異界へと誘う。吉川英治文学新人賞の選考委員を務めた辻村深月さんは、「比喩表現が素晴らしい。小説を読むだいご味に満ちあふれていた」と賛辞を送った。
表題作は、月に多大な影響を受ける「月昂(げっこう)」という感染症がはびこった近未来の日本が舞台。独裁国家の管理のもとで感染者は隔離され、一部は「剣闘士」として互いに戦わされる。主人公は権力者たちの見せ物となってなお、尊厳を保とうともがき続ける。
主人公は剣闘士として名をはせる一方、木彫りで自身の心を静め、作品に「残月」と銘を入れる。剣闘士としては忘れ去られるが、作品は世に残る。「長い目で見たときに光るものがある。そういう小説を書きたいと思っているんです。たとえ同時代の読者からわかってもらえなくても、20年、30年先の読者から新鮮に見える作品を書けたら」
前作『本にだって雄と雌があります』から9年。小説誌などに書き続けていた短編、中編で単行本になる分量は十分あったが、「作品がたまったからといって作品集を出すことはしたくない。粒の良いものでそろえたかった」。作品の完成度を徹底したという。
小説を書くうえでの悩みや屈託を率直に語る。文章の7割に納得がいかなければ、先に書き進めることはせず、書き直すという。「自分をなだめながら書いている」。人気アニメ「鬼滅の刃」「呪術廻戦」を例に挙げて「小説は基本的に映像に負けている気がする」とも。「同じように小説で世間をにぎわすことはできない。だけれども、せめて一矢報いたい」。映像表現に負けたくない、という気持ちがにじむ。
小説執筆は、化石の発掘に似ているという。「尻尾だけが見つかったその先に全体像があるはず、と信じて書いています」(興野優平)=朝日新聞2022年3月30日掲載