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「ビーバー」書評 絶滅の危機から復活した創造主

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月23日
ビーバー 世界を救う可愛いすぎる生物 著者:ベン・ゴールドファーブ 出版社:草思社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784794225566
発売⽇: 2022/02/04
サイズ: 20cm/480,36p

「ビーバー」 [著]ベン・ゴールドファーブ

 ふさふさで艶(つや)やかな毛、小さくてつぶらな瞳、大きな二本の前歯に平べったい尻尾を持つげっ歯類。陸上ではよちよち歩き、小さな手のひらからこぼれそうなリンゴを前歯でかじる様子は、なんとも愛らしい。
 私はこの動物に魅せられ、動物園で観察したり、本を購入したりしてきた。ビーバーは、かじり倒した木や、枝や泥を使って、川をせき止め、大きな池を作り、その真ん中にこんもりとした巣を作る。まるで敏腕の大工のようだ。
 が、この程度の知識と憧れで本書を読むと、狂おしいビーバー愛にやけどしそうになるから要注意。ここに登場する生態学者や環境運動家たちのビーバーへの愛はほとんど神への信仰である。たしかに本書は聖書の構造と似ている。
 受難と復活。資本主義の勃興と共に良質な毛皮は世界商品となった。狩人たちはビーバーが棲(す)む川で巣を壊し、捕獲し続けた結果、絶滅の危機に追い込まれた。だが、保護法によって復活を遂げ、現在北米では一五〇〇万匹が生息していると推定されている。
 天地創造。現在も、ビーバーは暗渠(あんきょ)を塞ぎ、洪水を引き起こす厄介者として嫌う人もいる。だが、ビーバーの作った巨大な環境の観察者は口を揃(そろ)えて、その豊かな生態系を讃(たた)える。「ダム」は、たえず補修が必要なほど隙間がある。その隙間を通って魚も川を遡(さかのぼ)ることができる。
 救世主。池には水生昆虫や魚類が増え、鳥も飛来する。地下水が豊かになる。試行錯誤しながら、人間が破壊した川とその周辺に、信者たちはビーバーのつがいを連れてきて緑豊かな平原に変えてきた。
 とはいえ単なる礼賛本ではない。生態学や環境保護をめぐる困難もしっかり描かれている。開発と再生、破壊と保護、介入と放任。その境界はどこにあるのか。地球危機の時代を生きる私たちがぶつかる普遍的なテーマを考えるのに優れた教材となるだろう。
    ◇
Ben Goldfarb 環境ジャーナリスト。野生生物の管理と保全生物学が専門。「サイエンス」などに寄稿。