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『「その他の外国文学」の翻訳者』書評 多様な言語がひらく豊かな世界

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月30日
『その他の外国文学』の翻訳者 著者:白水社編集部 出版社:白水社 ジャンル:文学論

ISBN: 9784560098882
発売⽇: 2022/02/21
サイズ: 19cm/227p

『「その他の外国文学」の翻訳者』 [編]白水社編集部

 本書を読めば、あなたの本棚にこれまで縁遠かった言語で書かれた小説の翻訳書が2冊3冊と増えるのは必定だ。書店の翻訳文芸のコーナーにおいて、メジャーな英米文学や仏文、露文のさらに奥に設けられる「その他の外国文学」のカテゴリー。本書は、そこに分類されがちな作品に携わってきた翻訳者たち9人の、並々ならぬ情熱と苦労、使命感、そして愛が語られるインタビュー集である。
 まずは気になる専門言語との出あいだが、高校にタイ人留学生がいた福冨渉、オーロラの観光ツアーがきっかけでノルウェー語に興味を持った青木順子、文化人類学の研究からマヤ語に入った吉田栄人と、偶然に導かれることも多い。だがいざ習得する段になり、日本には辞書や音声教材がほとんど存在しないことも。ヘブライ語の前にイディッシュ語を学んだ鴨志田聡子は、講座を受ける目的でリトアニアへと飛んだ。
 意のままにならぬ言語との格闘には根気と能力が必要だ。手懐(てなず)けても、次は文芸書の翻訳とその出版という壁が立ち塞がる。文学関係者に手紙を書き、下訳から始めたポルトガル語の木下眞穂、映画の字幕監修から小説の翻訳につなげたチベット語の星泉など、壁の打破には、知られざるよき文学作品を日本の読者に届けたいとの個人の強い動機と熱意が不可欠とわかる。
 物語背景の把握には政治や歴史への精通も大切で、チェコ語の阿部賢一は、日本語とチェコ語にフランス語を加えた三点計測で、文化の理解を深めるという。
 本書の翻訳者たちはみな、身体(からだ)を張ってその土地へ続く扉を開く。文化的・物理的に隔たった地に生きる人々の息づかいや、美しい叙述のリズムや、伝統的な西欧文学観から自由な新しい文学を、私たちに見せようとしてくれる。マイナーの豊かさは、世界の多様さそのものだ。異国趣味に留(とど)まらぬ、真の他者理解のために。付記されたおすすめ本リストも活用したい。
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丹羽京子(ベンガル語)、金子奈美(バスク語)ら多彩な翻訳者が登場。Webマガジン連載に新たな原稿を加えた。