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「病いの会話」書評 現代医療の「語り」に再考を促す

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月30日
病いの会話 ネパールで糖尿病を共に生きる 著者:中村 友香 出版社:京都大学学術出版会 ジャンル:医療・衛生

ISBN: 9784814003945
発売⽇: 2022/03/10
サイズ: 22cm/383p

「病いの会話」 [著]中村友香

 病院がないときのほうが良かった。病院は良いには良い。いろんな病気が治る。病気は辛(つら)い。でも病院がない時はみんな一緒に生きるときは生きて、死ぬときは死んだよ。今は死ぬ人と死なない人がいる。ばらばらだよ。それがもっと辛い。違うかい?――ネパールの田舎を訪れた筆者に、現地の老婆はこう語りかけた。
 本書は現地の2型糖尿病をめぐる医療人類学の研究書であるが、その根底で先の言葉の意味が問われ続ける。「一緒に生きる」とはどういう事か?
 その手がかりを筆者は、ネパールの村人の「病(やま)いの会話」に求める。結果は私たちの常識を覆すものだ。
 私たちの回りには、無数の病気の体験談が溢(あふ)れる。いつ、どう病気になり、どう対応し、どう感じたのか。これら問いへの回答を、私たちは病いの語りに求める。
 ところが、そんな一貫した語りは本書においては幻想だ。病いは断片的にしか語られず、質問をしても暖簾(のれん)に腕押し。そうかと思えば、誰かの病気を家族でもない隣人が語り出す。不調の原因は追究されず、「ただ起こった」こととして共有される。
 結果かれらは、病気への理解を欠いた「村人」として、現代医療の推進者に揶揄(やゆ)される。
 しかしこれこそが「一緒に生きる」ことではないか。そう筆者は問う。〈あなたの病い〉は会話を通じて〈私たちの病い〉となっているのだから。
 現代医学は、人間を物質の塊とみなすことで「いろんな病気」を治してきた。しかしそれと引き換えに、病気は一人の体に閉じ込められた。病いの経験はそれを語る側と、聞く側に二分された。
 誰かの病気を安易に語ってはならない。その道徳が、私たちを「ばらばら」にしてきた側面はないか。
 「病いの語り」や「ナラティブ」を再考する書として、本書を傍らにおいて欲しい。若き人類学者の渾身(こんしん)の作である。
    ◇
なかむら・ゆか 1990年生まれ。筑波大助教。2020年、若手研究者を顕彰する日本学術振興会育志賞を受賞。