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「3・11の政治理論」書評 政策を緻密に検証し学界に一石

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月11日
3・11の政治理論 原発避難者支援と汚染廃棄物処理をめぐって 著者:松尾 隆佑 出版社:明石書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784750353814
発売⽇: 2022/03/31
サイズ: 22cm/285p

「3・11の政治理論」 [著]松尾隆佑

 冒頭で、若き政治学者は学界の現状に挑んでいる。
 東日本大震災と原発事故に苦しむ人はいまも多い。避難者は、国の基準で計算しても、なお数万人規模。放射性廃棄物の一時保管をずっと余儀なくされて、苦難の累積に疲弊する人も各地にいる。汚染廃棄物をどう処理するか、見通しは不透明なので、難題に取り組む検討が必要なはずだ。
 それなのに、学界の反応は芳しくない。3・11を扱った研究は多くあるが、汚染廃棄物をめぐる分析はごく限られる。なかでも、あるべき規範を論じるはずの、政治理論や政治思想の研究者の動きが鈍い。
 こうした指摘のうえで、著者は、「規範的政策分析」という手法を掲げて、避難者支援と放射性廃棄物処理をめぐる、国の政策に切り込んでいく。過去の思想家の紹介や、自由や民主主義をめぐる抽象論でなく、具体的な政策の学問的検証を通じて、民主政治の「口うるさい忠告者」の役割を果たそうというのである。
 政策の目的設定や手段の選択は、民主的価値に照らして適切だったか。
 「創造的復興」という目的設定は、被災地や日本経済の再生に力点を置いたがゆえに、被災者一人ひとりの尊厳や生存権を保障するという観点が十分ではなかった。汚染廃棄物処理政策では、手続きに問題が多かった。たとえば、8千ベクレルという基準を導入した大きな制度変更は、法改正なしに進められている。
 では、どうあるべきか。本書は、利害関係者こそが意思決定に関わるべきである、という「ステークホルダー・デモクラシー」の考えを応用し、あるべき政策の方向性を示している。
 この著者の学問的緻密(ちみつ)さは、宮城・栃木・千葉・茨城における、指定廃棄物をめぐる政策過程の整理によく示されている。資料的価値が高い詳細なまとめだ。それは中央の政治を見るだけでは見落としがちな、自治体や住民の異議申し立ての記録としても興味深い。
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まつお・りゅうすけ 1983年生まれ。宮崎大テニュアトラック講師。著書に『ポスト政治の政治理論』。