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遠田潤子さん「人でなしの櫻」インタビュー  もっともっと、すさまじいものを

遠田潤子さん

「いい話」を改稿、画家に託す狂気

 父は息子を否定し、息子は父を憎む。そんな親子関係に加え、遠田さんは「父親がとんでもない罪を犯す鬼畜だったら、息子はどう生きるか」を一つの軸にした。

 竹井清秀は妻子を亡くし、画壇を離れた日本画家だ。老舗料亭の天才料理人と名をはせる父、康則とは絶縁していた。ある日、その父がマンションで遺体となって見つかる。そこには、見知らぬ少女がいた。父がその少女、蓮子を11年間監禁していた家だった。憎むべき父の秘密に直面しながら清秀は19歳の蓮子にひかれ、描く。京都の智積院で見た長谷川久蔵作の国宝「櫻図」のような傑作を求めて。

 身勝手な欲にまみれた男性たちだ。初稿は蓮子が解放され立ち直る「いい話」だったという。だが、編集者に「書きたいのはこんなもんじゃないでしょう」とあおられ、振り切ってしまえと改稿した。
 清秀が絵に向かう狂気も、熱に満ちた性愛描写も切迫したものになった。遠田さんを突き動かしたものがある。4年ほど前に初期のがんが見つかった。手術を受け、放射線治療をした。いまも毎日薬を飲み、3カ月に1度検診に通う。そのプレッシャーだ。

 「毎朝薬を1錠飲むたび、再発を抑えるためなんだと思い知らされる。それはきついことです。再発して死んでしまったら傑作も書けない。認められないままなのかという絶望が日常的にある」
 そんな思いが投影された。清秀は病を得て、余命わずかと自覚して絵に向かう。

 そして生と死の物語は嵐が過ぎ去るように幕を閉じる。「終章はどう考えたか記憶にないぐらい一発書きで、迷わずにぽんとラストが出てきたんです」。哀愁の余韻が広がる結末である。

 大阪府内に暮らし、38歳で小説を書き始めてから、家事の合間に書くスタイルは変わらない。朝ご飯を作って家族を送り出し、掃除、洗濯、スーパーへの買い物の空き時間に書いている。
 この日常を捨て、無人島で大作を書きたいという思いがこみあげることもある。「読んだ人をねじ伏せてしまうもの、面白いとも面白くないとも言えない、すさまじいものを読まされたという圧倒的な何かが書きたい」

 小説の読み手としても、打ちのめされたい方だという。ほんわか、ほっこり、キュンキュンしたいなんて考えたこともない。だからこそ、自分の小説では、どうしようもない人間を書きたい。「どんなダメな人間でも生きているわけで、ダメダメな人間をきちんと書きたい」とずっと思っている。

 遠田さんにとって「傑作」とは何か。
 「100%の満足に限りなく近づけたもの。この作品ならまだ80ぐらい。もっとすごいものを書かないといけないという根拠のない焦りがある」と話し、続けた。「何を書いても、もっともっと、と思うかもしれない。空高くにあって見えないものが傑作で、満足なんてあり得ないかもしれません」。芸術家の欲深さは、はかりしれない。(河合真美江)=朝日新聞2022年6月15日掲載