森を散歩しながら拾った宝物
――北欧の森に住むキュッパは、いろいろなものを集めるのが大好きな丸太の男の子。散歩に行くと、落ちているものを次々に拾っていく。木の実、葉っぱ、かたっぽのてぶくろ、ネジ、ヒモ、何かのカケラ……。そう、大人にとってはゴミのようなものも、子どもにとっては宝物。それらを細かく分類し、展示して、博物館を開くというお話が『キュッパのはくぶつかん』(福音館書店)だ。
作者のオーシル・カンスタ・ヨンセンさんは、ご自身がキュッパのような方。絵本に描いていることを、好奇心を持って日常的にやっていらっしゃるとお聞きしました。身の回りの草や花やボタンといったものを集めて、実際に自分のアトリエで、キュッパみたいに並べているそうです。身近にあるものをじっと観察すると、おもしろいことや日常がワクワクするようなものに変わるのでしょう。
キュッパの拾った宝物は、小さなものまで本当に細かく描いてあって、一つひとつの文具の形を見てもかわいいんです。使えなくなったペンを円状にくっつけて飾りにしてしまうなんて、本当に考えつかないですよね。親子で一緒にいるときこんなふうに遊べたら、子どもはとても喜ぶんだろうなと思います。
コロナ禍になってから遠くへ行けなくて、近所を徒歩や自転車で行ったり来たりする日が増えました。そんなとき、オーシルさんのように、身近なものを観察して愛おしめたら日常をもっと楽しめるだろうと思いました。キュッパになったつもりで歩いてみると、いままでと同じ公園に行っても、ここにこんな木が生えているんだと発見がありました。普段は遠くの町に憧れがちなのですが、すぐそばにもまだまだ通ったことのない道や、見過ごしてきたおもしろいものが溢れているのだと気づかされます。
博物館はみんなに見せたいという純粋な気持ち
――拾ったもので博物館を開くとは、大人だったら勇気のいる行動かもしれない。絵本の中のキュッパも、お客さんが来るか不安になるが、なんと初日から大盛況。ところが5日もすると疲れてしまい、たった1週間でやめてしまうところに、自然な子どもらしさが現れている。
翻訳で特に気を使ったのは、博物館を開くときにキュッパがドキドキしているところです。「キュッパの足がふるえます。心臓もドキドキしています……」といままで準備してきて、不安になって、だけどたくさんの人たちが来てくれて、誇らしくて嬉しくて、そのワクワクした気持ちが表現できるように、言葉選びをしました。博物館で展示物の案内をする場面では、ちょっとお調子者ではりきりやさんでもある、キュッパの愛らしさが出るといいなと思っていました。一生懸命だけどドジなところもあって、そこが伝わるように訳すのは楽しかったです。
これは翻訳会社のリベルさんが提案してくださった訳語なのですが、キュッパが博物館をやめることにしたときの看板の文言「ごめんね、やめちゃった」という訳語も、キュッパらしくていいと言われます。実はこの絵本は、福音館書店の科学書の部署から発売された本でした。物を収集して観察し、分類し、図録を作るというキュッパの行為は、教育的に素晴らしいことでもあります。ただオーシルさんは、本当に好きだからやっていただけではないかと思うのです。そういう根っからの知りたがり屋の作者と、彼女が生み出したキャラクター、キュッパの魅力が伝わるといいなと思います。
私は、おばあちゃんがキュッパを導いていく様も好きですね。キュッパが物をしまう場所がなくて「どうしよう」と電話した時も、博物館をやめて片付けられなくなったときも、相談にのってくれます。それも上から教えるのではなく、問いかけをすることで気づかせるようにしていて、いい味出してますよね。
絵本を読んだら体験につなげて
――枇谷さんは、小学校での読み聞かせも行っている。『キュッパのはくぶつかん』も何度か取り上げ、読み方も工夫しながら子どもたちに思いを伝えていっている。
この絵本は絵が細かく、少し長いので、教室での10分程度の読み聞かせで読むのは難しいため、ブックトークのような形で紹介することが多いです。読み聞かせの時に標本箱を持って行って、こういうふうに集めてやってみるとおもしろいよ、と話すと、子どもは興味を持ってくれますね。
読み聞かせと動画を掛け合わせたときもあります。続編『キュッパのおんがくかい』は、出版を祝して短いアニメ動画が作られました。読み聞かせの王道からは外れているかもしれませんが、このアニメ動画をブックトークのときに絵本と一緒に見せると、子どもたちは喜んでくれて、より絵本に興味を持ってくれます。
他にも、キュッパのシリーズには、子どもがやってみたくなるような、創意工夫に満ちた手作りの遊びが多く描かれています。実際に木の枝や花などを集めて標本箱を作ったり、図録にまとめてみたりするのも、きっと楽しいと思います。