ISBN: 9784093866453
発売⽇: 2022/05/27
サイズ: 20cm/365p
「宙ごはん」 [著]町田そのこ
異例のはやさで梅雨が明け、予想外の酷暑が続いた。暑い、怠(だる)い、やる気がでない。食欲も減退しがちな毎日である。
昨年、第十八回本屋大賞を『52ヘルツのクジラたち』で受賞した町田そのこの新刊は、そうしたバテ気味の心と体に効く「美味(おい)しい物語」だ。
物心ついたころには、自分に産んでくれた「お母さん」と、育ててくれている「ママ」がいることを自然に受け入れていた主人公の宙(そら)。ところが「パパ」が海外赴任することになり、宙は母娘で暮らした方が良いのでは、という話が持ち上がる。
まずはその行くか残るかの選択を、六歳の我が子に「あんたの意志を尊重する」と実母の川瀬花野(かの)が迫る場面がいい。結果、宙は自ら実母と暮らすことを選ぶのだが「お母さん」と呼ばれる覚悟がないと言う「カノさん」は、つくづく〈れっきとした大人なのに、大人らしいことをてんでしない〉人だった。
「ママ」は美味しいごはんを作ってくれた。髪を可愛く結んでくれた。寝る前にはいつも本を読んでくれた。でも「お母さん」は、参観日に来てくれないどころか、ごはんも一緒に食べてくれない。お話もほとんどしてくれない――。
小学一年生、六年生、中学から高校へと、成長していく宙の姿が描かれていくなかで、食事がひとつ大きな役割を果たす。宙は、幼い自分の食事係を担ってくれた佐伯さんから、家族が元気のないときに決まって「ママ」が作ってくれたパンケーキの作り方を教えてもらったことをきっかけに、長年にわたり様々な料理を教わっていく。その手順は詳細にして楽しく、完成した料理の描写は夜中に読むのは危険なほど美味しそうなのだが、何よりも自分が元気になる魔法の食べものを、自分で作るという意志に励まされる。
してくれない、と嘆くばかりでなく、自分で自分の面倒をみる。自分の機嫌を自分でとる。六歳だった宙が、時間をかけできるように、わかるようになっていく姿を見守るうちに、これは決して子供に限った話ではないとも気付かされるだろう。
目次には、ほこほこにゅうめん、とろとろポタージュなど、ほっこりとしたメニューが並ぶが、甘く口あたりが良いだけでもない。吐き出したくなるような苦味も、痺(しび)れるような痛みもある。キリキリと胃が痛むエピソードもある。
けれど、それが人生なのだと思い至るのだ。うまい。
「とにかく生きる」。できれば「笑って生きる」。そのために、さぁしっかりとごはんを食べようじゃないか。
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まちだ・そのこ 1980年生まれ。作家。『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』の他に『コンビニ兄弟』『星を掬う』など。