ISBN: 9784163915364
発売⽇: 2022/05/10
サイズ: 20cm/326p
「孤剣の涯て」 [著]木下昌輝
金泥濃彩の絵の具がぐるぐる渦を巻くような濃密かつ息もつかせぬどんでん返しの連続にまず幻惑され、ついでその華やかさの裏に潜む作者の冷徹な意図につくづく驚かされた。
舞台は乱世の終焉(しゅうえん)を告げる大坂の陣の前夜。主人公は現代でもよく知られる剣豪・宮本武蔵。とはいえ太平の世も間近な時世にあって、その峻厳(しゅんげん)すぎる剣はもはや時代遅れとみなされ、武蔵自身が立ち去る弟子の多さや生活苦から弱音を吐く始末。そんな中で唯一期待をかけた若き弟子の横死と、徳川家康にかけられたおぞましい「五霊鬼の呪い」。両者が無関係でないと知らされた武蔵は、呪詛(じゅそ)者の正体に迫るべく、徳川相手に最後の戦をせんとする大坂城に入る。
とはいえ一見伝奇色濃厚なミステリとも取れる本書の読みどころは、実は謎解きではない。武蔵をはじめ、本作に登場する登場人物たちの時代の変革期に対する怒り悲しみがこれまで数多(あまた)の小説家が描いてきた大坂の陣の戦いを新たなものにしているのだ。
そもそも乱世の終わりとはすなわち、徳川家を頂点とする武家支配の確立と同義である。武器は武士のみのものとなり、決闘、傾奇(かぶき)、煙草(たばこ)、キリシタンなど世の統制を脅かす様々なものが禁じられる。新しい世の訪れを前に切り捨てられた弱者たちは生きざまも世への抗(あらが)い方も実に多種多様で、だからこそあまりに激し過ぎる彼らの憂憤に息をのまずにはいられない。全編にちりばめられた諸行無常を謡ういろは歌が、それでも生きんとする彼らの抗いに更なる彩りを添える。
千姫と坂崎出羽守、徳川家康の陣に攻め寄せた真田信繁(幸村)など、大坂の陣における有名人たちの思いがけぬ活躍にも注目だ。現実の戦を描きながらも、その狭間(はざま)で滅びんとする者たちの悲しみと、その果てに「生きよう」とする一筋の光を――古今東西変わらぬ無常に挑む者たちの逞(たくま)しさを捉えた物語である。
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きのした・まさき 1974年生まれ。作家。『宇喜多の捨て嫁』が直木賞候補に。近著に『応仁悪童伝』など。