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手塚治虫文化賞短編賞を受賞、漫画家オカヤイヅミさんインタビュー 「ひとり」の幸せ、認めてよ

オカヤイヅミさん

漫画だから描ける「日常」

――手塚治虫文化賞短編賞受賞、おめでとうございます。受賞の知らせを受けた時、どう感じましたか。

 驚きました。自分の漫画が賞をとるような作風だとも思ってなくて。(選考委員で漫画家の)里中満智子先生に「長く描くためには体力が大事よ」と、同じ実作者の立場でお声をかけていただいたのが嬉しかったです。

――『いいとしを』と『白木蓮はきれいに散らない』はデビュー10周年として同日発売されましたが、そもそもマンガを描くようになったきっかけは。

 会社を辞めてフリーのウェブデザイナーになってから、ブログを書くようになったんですけど、文章よりもコマを割ったほうが伝わるかも……と自分の日常で感じたことを漫画にし始めたのがきっかけです。そのあと、(同人誌即売会の)コミティアに初めて出品した陰毛についての漫画が、数十部売れて、楽しくなっちゃって。

――陰毛の話⁉

 あー、えっと、陰毛の断面って平らだなってある日気づいて。気づいたけど、これ誰にも言えないな、「あれさあ」って言うのもな、って。そういうの、漫画だと表現できるなあって。そのうちに、コミティアに来ていた出版社のかたに声をかけていただきました。

 文章で表現するのも好きなんですけど、漫画にはタイムラインを同時に2~3本走らせやすい良さがあると思います。人物の動きやセリフにモノローグを重ねたり、次の場面にぽんと飛んだり。文章だと助走が必要なことが、漫画だと絵に言葉を重ねられるから助走を省略して描写できるんですよね。

男の人だって生活してる

――『いいとしを』も『白木蓮はきれいに散らない』も、中年以降の男女の日常が描かれます。なぜ、この年代にしたのでしょうか。

 私は今43歳なんですが、30代までは、今の自分しか見えてなかったんですね。それが40代になって、「この先ってどうなるんだろう」って興味が出てきたんです。同時に年を取った親を見て、「あ、さらに先もあるんだな」って想像するようになって。俯瞰で見られるようになった今、この感じを描きたいと思いました。

――『いいとしを』は、一人暮しを満喫していたバツイチの42歳の息子が、母親が他界したのをきっかけに72歳の父と同居する話ですが、男性の日常をどう想像したのでしょうか。

 最近は、女の生き方とか女の人生ってどうなんだって、本でも友達同士でも話題にあがるじゃないですか。ここ10年で、女の人に対する視点も変わってきて……。でもその間、男の人はどうしてたんだろう、って思ったんです。男の人だって日常があって、なにか考えたり変化してるんじゃないかなって。2018年に父が亡くなったのですが、それまで仕事一辺倒だった父が実家で療養していて、その日常が垣間見えるようになったんです。家事が全然できなかったりとか、年寄り扱いされると嫌がるくせに、新しいものを勧めると、「年寄りだから」って諦めちゃったり。もちろん当たり前ですけど、男の人も生活してるんだなって思いましたね。

『いいとしを』(KADOKAWA)より

――描きながら、40代の「この先」について何か掴めましたか。

 父親世代って、「偉くなっていく階段」があると信じていますよね。レールの見えてた時代だと思うんです。でも、今は、「レール? どこだ?」っていう時代なんですよね。偉くもとくになりたくないし、貯金しときなさいよって言われるけど、貯金した先がどうなるかっていうのも見えない。この歳でこんなにわかんないことってあるんだって感じです。だけど、どうにかこうにか生きてるんだろうなっていう甘い予測だけは不思議にあるんですよ。

『いいとしを』(KADOKAWA)より(P153、P162) 

――その実感が、父子の日常の描写に込められているんですね。『いいとしを』では連載中に起こったコロナの感染拡大や、オリンピックの開催延期についても描かれていますね。

 こんなに日常に深くかかわる天変地異が人生初めてで。当然、描くよねって思いました。ただ、『白木蓮~』のほうには描く気にならなかったですね。あれは、“元同級生の孤独死と謎の遺言”っていうほかの事件が軸なので入る隙がありませんでした。

女の一人前ってなに?

――その『白木蓮はきれいに散らない』は、子持ちの主婦・マリちゃんに、部長で母の介護をする独身のサトエ、器の店を経営し、離婚調停中のサヨと、立場の異なる3人の女友達が登場します。お互いの事情には踏み込まずに、でもなにかあったら集える3人を羨ましく思いました。

 大人になってからの女友達の良さって、そういうところにある気がします。悪口とか冗談とか言い合って、すんごい喋るんだけど、一番踏み込んでほしくないところは、ちゃんと避けてくれる。若いときは見えている世界が狭いので、みんな同じ常識のもとでジャッジし合うこともあったけれど、大人になるといる場所がそれぞれ違うので、尊重しあえるんだと思います。

『白木蓮はきれいに散らない』(小学館)より

――サトエの「いつになったら私を一人前だって認めてくれるの」というつぶやきが、マリちゃんにもサヨにも自分にも当てはまる気がして胸が痛くなりました。

 女の一人前ってなんだろう。子どもを産んだら一人前って言われてたのに、一人産んだらもう一人産まなきゃって言われたり、独身で仕事をしてるんなら、部長とかまで昇りつめないと認めてもらえないとか。なにかを犠牲にしなきゃ一人前じゃない、ってなっていますよね。「一体なにをすれば幸せってことにしてくれるわけ?」っていう思いはずっとありますね。ほっといてよって。

『白木蓮はきれいに散らない』(小学館)より

 私、あとがきにも書いたんですけど、一人暮らしが全然寂しくないんですね。それが世間的には寂しいことなんだって最近知ったくらいです。だって、一人暮らしって、飲んだペットボトルのふたしめなくても、ごはんをちょっとだけ残しても、あとで自分が始末すればいいので気楽じゃないですか。「一人暮らし最高って本気で思ってる人いるよ!」って言いたい(笑)。どうも、勝手に哀れまれちゃうときがあるので……。

――いまのお話を伺って、孤独死した同級生・ヒロミは、自分で自分を一人前と認めていた女性なのかなと思いました。ヒロミはサヨたちにアパートの運営を託しますが、なぜそのような遺言を遺したのでしょうか。

 おしゃべりしたかったのかもしれないですね。高校生の時の未分化な友達って、みんながみんな、あり得たかもしれない未来。自分はマリちゃんだったかもしれないし、サトエだったかもしれない。大人になった今なら、あの子たちとフラットに喋れるかもしれないって思ったのかも。大人になってから、私はすごく自由になりました。無駄な自意識の壁がなくなって。ここ数年でネットで知り合った友達は、年齢も職業も環境もバラバラなんですよ。それってすごく尊いことだなって思っています。

――この先はどんなものを描いていきたいですか。

 今、考えているのは、自分よりもうちょっと若い世代の、恋愛をしない人の話です。恋愛って、私の中でそんな重要事項じゃないんですよ。恋愛って、そんなにしなきゃいけないもの?ってことを描こうと思ってます。

――「なにをすれば幸せってことにしてくれるわけ?」という問いをまた違った形で読めそうですね。楽しみです。では、オカヤさんの重要事項ってなんでしょう。

 自分が自分で回していく生活ですかね。周りの人たちとの接点はいろいろあっても、回していく中心にいるのは自分だって思っていたいですね。