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「暴れ川と生きる」書評 水を治め利用する智恵の奥深さ

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月16日
暴れ川と生きる 筑後川流域の生活史 著者:澤宮 優 出版社:忘羊社 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784907902292
発売⽇: 2022/06/15
サイズ: 19cm/255p

「暴れ川と生きる」 [著]澤宮優

 九州最大の河川である筑後川は、「筑紫次郎」という別名を持つ。「坂東太郎」と呼ばれる利根川、「四国三郎」との別名を持つ吉野川と並んで、暴れ川の三兄弟とされる大河だ。
 阿蘇と久住を源流に数多くの支流を集めながら、最後には有明海に注ぐこの川を著者は旅する。かつては筏(いかだ)流しが盛んだった上流から、人々の暮らしを支えた豊饒(ほうじょう)な汽水域へ――。近年の豪雨災害の被害やダム問題、江戸時代まで遡(さかのぼ)る水争いまで、著者は当事者と現場を重視した取材を続けてきた。筑後川の育んだ文化と、それと裏腹の災害の歴史を丁寧に追ううち、一つの広大な流域文化が浮かび上がってくるようだった。
 流域を地道に歩く著者の旅は筑後川の様々な表情を映し出すが、やはり「人」と「川」の共生の姿を描く際のルポライターとしての視点が光る。例えば「河童(かっぱ)の町」として知られる田主丸では、火野葦平も小説で描いた「鯉(こい)とりまあしゃん」の逸話が紹介される。まあしゃんは川に潜ると、両手に一匹ずつ、さらに口に一匹をくわえて水面に上がってきたという。川での人探しでも頼りにされた彼の豪快な逸話を息子から聞き取っている。
 筑後川に残る治水の伝統河川工法に、著者が強く注目していることも印象に残った。「荒籠(あらこ)」や「水刎(みずはね)」と呼ばれる水制(水の流れを抑制する工作物)をめぐる水争いの事例や、様々な水利用の工夫。明治期に招聘(しょうへい)されたオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの導流堤は、日本の河川の近代遺産の一つだ。
 なかでも江戸時代に作られ、故・中村哲氏が繰り返し視察してアフガニスタンの農業事業に活用した山田堰(やまだぜき)は有名だろう。中村氏の著書を併せて読むと、人と川の共生の智恵(ちえ)の奥深さをより感じることができるはず。台風シーズンが到来するこの時期、日本人と川との関係をあらためて見つめ直すきっかけになる実直なルポルタージュだ。
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さわみや・ゆう 1964年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『巨人軍最強の捕手』『昭和の仕事』など。