- いずれすべては海の中に
- 神々の歩法
- 極めて私的な超能力
ああ、早くも今年の私的ベストが決まってしまったかも。
サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』がとてもとても良かった。『三体』みたいに圧倒的スケールとボリュームで攻めてくる剛速球(ごうそっきゅう)でも、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』みたいに技巧とリーダビリティでかっ飛ばすタイプでもない。
13編の短編、いずれも静かに、淡々と人々を描いていく。少し変わったことが起きる。日常が揺らぐ。そこで見えてくるもの、変化と残るもの。あぁ、そうか、SFは人間を書くものなんだ、と改めて思った。読み終わるのが嫌で、何度も無理矢理(むりやり)本を置いたくらい、素晴らしかった。
義手がなぜか高速道路と接続してしまう「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」。ロックスターは満潮のときに浜に打ち上げられた、から始まる「いずれすべては海の中に」。クジラを運転して向かった旅の先で待つものは「イッカク」。並行世界のサラ・ピンスカーたちが一堂に会するサラコンで殺人事件が起こる「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」。奇想の海に漂い、うっとりと酔える一冊。
宮澤伊織『神々の歩法』はSF的外連味(けれんみ)をたっぷり詰め込んだ連作短編集。宇宙の果てで起きた爆発により高次元生命体が弾(はじ)き飛ばされ、地球に飛来した。人に憑依(ひょうい)した彼等(かれら)は想像を絶する力で都市を壊滅させ、人類を滅ぼそうとする。神の如(ごと)き存在と対するは、合衆国特殊作戦軍・陸軍特殊作戦軍団。と、1人の少女。船長と名付けたセキュリティ多胞体と一体となった少女ニーナが特殊部隊に教えたのは、神々に対抗する唯一の手段〈歩法〉。
小山の如きアーマーを身につけたむくつけき男たちが、しずしずとステップを踏みながら敵に近づいていくさまを想像するだけで笑える。SFミュージカルか。
小生意気なニーナや、苦労性の特殊部隊リーダー、生ける“死の聖母”に、異常事態をなんとかお役所仕事の範疇(はんちゅう)に収めようと汲々(きゅうきゅう)とするCIAの工作担当(ケースオフィサー)、キャラクターの立った登場人物たちもとてもいい。
チャン・ガンミョン『極めて私的な超能力』は新鮮だった。韓国SFは日常生活や今ある問題をSFを通じて描く現代文学的な作品が多いが、ここに収められているのはより直球なSF。人の感情を体験できる機械を通して知るユダヤ人大虐殺の黒幕の心情とは「アラスカのアイヒマン」。超知能を得た男が自身のクローンを争わせ、後継者を決める「アスタチン」、アルゴリズムによる未来診断に翻弄(ほんろう)されるカップルを描いた「データの時代の愛」などなど。
三冊三様、お好きなものからどうぞ。=朝日新聞2022年7月27日掲載