- 実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』(双葉社)
- 木古おうみ『偽葬家の一族』(角川文庫)
- ワジディ・ムアワッド『灼熱の魂』(大林薫訳、新潮文庫)
家族以上に仲のいい他人同士もいれば、殺人が起きかねないほど憎み合っている家族もいる。現実がそうである以上、ミステリーの世界でも事情は変わらない。今回は、家族というこの宿命的で厄介な人間関係の本質に迫った三つの作品を紹介する。
実石沙枝子『扇谷家の不思議な家じまい』に登場する扇谷家の女は、千里眼、過去視、予知、言葉なき者の声を聞く力……という四種類の特殊能力のどれかを必ず身につけて生まれてくる。予知の力で一族を繁栄させてきた九十九歳の老女・扇谷時子の死期が近づいていた。彼女は認知症が進行してから、「わたしは人を殺した、裏庭の桜の木の根元に死体を埋めた」と口走るようになっていたが、一族のうち時子の曽孫・立夏(りつか)にだけは、その桜の木から霊の声が聞こえていた。
扇谷家の女たちの能力は避けられない宿命、敢(あ)えて言えば呪いのようなものだ。男たちも含めた一族は、ある者はそんな呪縛を内面化し、ある者は逃れようとあがく。血縁という、個々人にはどうしようもない絆の中で、過去に囚(とら)われるか、未来に進むか。特異な設定を通して普遍的な家族のありようを考えさせられる作品だ。
木古おうみ『偽葬家の一族』の主人公・恭二は天涯孤独の青年だが、闇バイトに手を出した結果、怪異によって生き埋めにされてしまう。彼を助けたのは、赤の他人同士なのに家族であるかのように振る舞う平阪家の人々。彼らの生業は、怪異を偽の物語によって祓(はら)う「偽葬」だった。
あまりに異様な平阪家の人々の行為に最初は戸惑い、反撥(はんぱつ)する恭二だが、一家の「次男」役として幾つもの偽葬の現場を経験するうちに、疑似家族に対し本物の絆を感じるようになってゆく。怪異とのバトルが展開される壮絶なホラー小説ながら、平阪家ひとりひとりの過去、そして最後に明かされる真実に心を揺さぶられる。
レバノン出身、カナダ在住の劇作家ワジディ・ムアワッドの戯曲『灼熱(しゃくねつ)の魂』は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督による映画化作品で内容をご存じの方も多いだろう。ある日を境に五年間、ずっと言葉を発することのないまま逝去した母ナワル。その遺言で、死んだと聞かされていた父の生存と、実は兄がいることを知らされた双子の姉弟は、母の人生がいかなるものであったかを遡(さかのぼ)ってゆく。
虐殺、レイプ、拷問……ナワルが体験してきた惨禍は言語に絶するが、姉弟を最後に待つあまりに重い真実にも茫然(ぼうぜん)とさせられる。レバノン内戦を背景にしつつ、作中に具体的な国名が出てこないのは、本書を特定の地域に限定されない人類共通の物語として、戦禍が絶えることのないこの世界に訴えかけたかったからだろう。=朝日新聞2025年5月28日掲載
