- 高瀬乃一『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』(新潮社)
- 澤田瞳子『しらゆきの果て』(KADOKAWA)
- 伊吹亜門『路地裏の二・二六』(PHP研究所)
高瀬乃一『梅の実るまで 茅野(かやの)淳之介幕末日乗』がいい。無役の小普請組で収入がなく、学問所を開いてはいるものの内容が時流に合わず閑古鳥、武芸はからっきしで母には頭が上がらない――そんな情けない武士の茅野淳之介が、友人の同心の頼みで密偵まがいの仕事を引き受けたことから攘夷(じょうい)の嵐に巻き込まれていく。
近しい者を失う慟哭(どうこく)や我が身に降りかかった災厄の中で、公儀に逆らう気はない自分と、凶刃を振るう彼らとの違いは何なのか、時勢とは何なのかと考える淳之介。その答えこそが本書のテーマだ。
人は時の流れには勝てない。だがそれでも守らねばならないものはある。それが何なのかを本書は教えてくれるのだ。ラストシーンには目頭が熱くなった。
謀略あり剣戟(けんげき)あり、幕末の有名事件ありと展開は派手だが、淳之介の飄々(ひょうひょう)とした語りで進むので物語から受ける印象はユーモラスでとても穏やかだ。なのにどこかハードボイルドの風味を感じさせる。稀有(けう)な筆致である。
時勢に翻弄(ほんろう)されるのは武士だけではない。澤田瞳子『しらゆきの果て』は、鎌倉から明治まで五つの時代を舞台に、時勢に刃向かう術を持たない人々の悲哀と挑戦を描いた短編集だ。共通するのは仏画や絵巻、浮世絵など〈美〉に携わる人々。芸術は、時には政争の道具にされ、時には誰かの思いが込められ、また時には誰かの思惑ひとつで破壊される。そんな中でも筆を執る者たちの思いをさまざまな側面から描いた。
特に、寛延年間に起きた稲荷橋狩野家への斬り込み事件が背景の表題作は切なくも圧巻。また江戸時代初期が舞台の「輝ける絵巻」のオチにはにやりとさせられる。いずれも熟練の技である。
伊吹亜門『路地裏の二・二六』もまた、時局ゆえのドラマだ。昭和十年八月、相沢三郎中佐が永田鉄山少将を殺害した、いわゆる相沢事件から翌年の二・二六事件までの約半年の間に架空の殺人事件を挿入することで、この時代の空気を見事に描き出した。
相沢事件の現場にもうひとりの人物がいたという設定にして、その人物と相沢事件の関係を探る憲兵が主人公。だがその調査は思わぬ真実を炙(あぶ)り出す。そこに浮かび上がるのは、まさにこの時代ならではの軍人の姿と、そしてやはり時代に押しつぶされる立場の人々の悲鳴のような抵抗だ。
謎解きミステリとしても実に秀逸である。登場人物や事件の数が多いため中盤はやや煩雑な印象を与えるが、その虚実入り混じった物語が二・二六事件という現実の出来事に収斂(しゅうれん)していく構成には瞠目(どうもく)した。著者の別シリーズの登場人物が顔を出すのも楽しい。
時代が大きく動く中を生きた人々を描く、佳作三作である。=朝日新聞2025年03月26日掲載
