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「帝国日本のプロパガンダ」書評 検閲の跡が今に問いかけるもの

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月30日
帝国日本のプロパガンダ 「戦争熱」を煽った宣伝と報道 (中公新書) 著者:貴志 俊彦 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121027030
発売⽇: 2022/06/21
サイズ: 18cm/209p

「帝国日本のプロパガンダ」 [著]貴志俊彦

 ウクライナとロシアの戦況、香港やミャンマーの民主化運動など、私たちはメディアを通して、世界各地の刻々と変化する情報に随時接している。
 現代の情報伝達力の増大はデジタル技術によるところが大きいが、帝国日本が多くの戦争や紛争に関わった半世紀にも、報道と宣伝は大きな変化を遂げた。
 帝国日本とは1890年に施行された大日本帝国憲法時代の日本である。当時日本は、東アジア、樺太南部、南洋諸島を含む、現在の約1・8倍の国土をもっていた。
 著者は20年にわたり、国内外の情報学や図書館学の専門家と東アジアの図画像を研究し、なぜ帝国日本がプロパガンダ(政治宣伝)にとりつかれたのか、帝国日本と対峙(たいじ)した中国(清、中華民国)、ロシア、米国による世論操作はどう行われたのかを解き明かそうとした。
 日清戦争期には版画技術の進展で大量に出回った「戦争錦絵」が、日露戦争期には写真を掲載する新聞や多色石版印刷の挿絵や漫画入り出版物が、集団的記憶の形成に寄与した。満州事変後は朝日新聞も論調を大転換したが、迫力ある現地写真入りの速報記事を出し、戦争のスペクタクルを伝えた。それまで新聞と縁のなかった社会層の購読で、販売部数は急増した。
 グラフ誌、絵葉書(えはがき)、ポスターは国民の「戦争熱」を高揚させ、日中戦争期には博覧会で戦場大パノラマが人気を呼んだ。
 私は「戦争を知らない世代とともに、国境を越えて到来する危機を回避する知恵を発掘する」という、著者の問題意識に共感する。先住民が蜂起した台湾霧社事件では問題の原因を十分検証せず、事件の規模や被害者数を拡大して報じたこともあり、軍隊の出動に対する議会の制御機能緩和に道を開いてしまった。
 徴兵制浸透のために発行された写真集、写真の裏に残る検閲の跡などからも、今を生きる私たちに問いかけるものがある。
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きし・としひこ 1959年生まれ。京都大教授(東アジア近現代史)。著書に『アジア太平洋戦争と収容所』など。