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下村敦史さんに楽しむことの強さを伝えた映画「スパルタンX」

©GettyImages

 少年時代に僕が嵌まったものは二つあります。一つはサッカーで、もう一つは格闘技でした。
 格闘技に興味を持ったのは、小学校4年生の頃だったと思います。

 きっかけは仲が良かった友達へのいじめでした。友達がクラスのやんちゃな数人グループにいじめられたのです。いじめと言っても、今、社会問題となっているような陰惨で残酷なものではなく、授業と授業の合間にある10分の休みに、階段下の真っ暗な倉庫のような場所に閉じ込め、ほんの少し怖がらせるというものでした。しかし、当時の僕はその場に居合わせながらも、男子集団に何も言えず、突っ立ているだけだった自分を責めました。無力だった自分に責任を感じ、強い後悔と罪の意識を覚えました。その罪悪感があって、僕は強くなりたいと願ったのです。とはいえ、決して相手に力で対抗したいと思ったわけではなく、ただ、“悪いことを悪いと言える勇気”が欲しかったのです。

 僕はお小遣いでダンベルなどのトレーニンググッズや格闘技のハウツー本を購入し、自己流で体を鍛えはじめました。自分に自信が持てるようになると、絡まれている友人を助けに入ることができるようになりました。
 そうしてどんどん格闘技にのめり込んでいった僕は、中学生になり、ジャッキー・チェンの映画に出会いました。最初に観た作品は「スパルタンX」でした。サグラダファミリアがそびえるバルセロナを舞台に、誘拐された現地の美女を救出するため、ジャッキー・チェンが仲間と奮闘するアクション映画です。

 アメリカキックボクシングの王者、ベニー・ユキーデとのラストバトルは圧巻で、何十回も観返しました。それこそ、ビデオテープが擦り切れるまで――という表現は決して大袈裟ではありません。
 ベニー・ユキーデはジャッキー映画史上、最強の敵と言っても過言ではなく、感情的になって怒りに任せて必死で戦うジャッキーは常に一手、上回られます。
 鼻血を出しながら椅子を盾にして間を置いたジャッキーは、相手を強敵と認め、「リラックスだ。稽古のつもりでやれ」と内心で自分に言い聞かせます。その瞬間、軽妙なBGMがはじまり、ジャッキーは椅子に座って落ち着きます。

 体の力を抜き、相手の攻撃を躱(かわ)した合間にストレッチをするジャッキー。流れはそれで一変しました。
 強敵との戦いを純粋に楽しみはじめたジャッキーの心底ワクワクした表情は、十年、二十年が経っても印象に残っています。「スパルタンX」のラストバトルのBGMを聴くだけで、二人の格闘の流れが映像となって正確に蘇ってくるほどには、観返したシーンです。

 「スパルタンX」のラストバトルは子供の頃の僕に鮮烈な印象を残しました。おそらくこのとき、“何事も楽しんでいる人間が一番強い”と学んだのです。この精神は、小説を書いていても、サッカーゲームのオンライン対人戦をしていても、持ち続けています。ジャッキー映画は僕の青春そのものですが、何かに義務感を覚え、ストレスを溜めそうになったときに観返すと、“楽しむ”という物事の原点を思い出させてくれます。
 「スパルタンX」は、僕が人生で一番多く観た映画であることは間違いありません。

インフォメーション

 1984年公開。サモ・ハン・キンポー監督によるスペイン・バルセロナを舞台にした香港映画。「スパルタン号」でハンバーガーやコーヒーを移動販売するトーマス(ジャッキー・チェン)とデヴィッド(ユン・ピョウ)が誘拐されたシルヴィア(ローラ・フォルネル)を救いだそうとするコメディータッチのアクション映画。