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「N/A」書評 定型にあらがい 世界に触れる

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月06日
N/A 著者:年森 瑛 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163915623
発売⽇: 2022/06/22
サイズ: 20cm/114p

【文學界新人賞(第127回)】松井まどか、高校2年生。うみちゃんと付き合って3か月。体重計の目盛りはしばらく、40を超えていない−。優しさと気遣いの定型句に苛立ち、肉体か…

「N/A」 [著]年森瑛

 不思議な表題は、「該当なし」を意味する。高校三年のまどかにとって、絶対に譲れない信条でもある。例えば生理になることを嫌い、低体重を維持すべく食事制限をすると、母親から拒食症を疑われる。あるいは告白されて交際を承諾した途端、恋人などと呼ばれ、さらに相手が同性となればLGBTに分類される。だが拒食症でも性的少数者でもなく「ただのまどかとしてずっと生きていたかった」。属性を表す言葉を貼りつけられる違和感から、身をよじり続けるのだ。
 ある日、ぐりとぐらを理想とする「かけがえのない他人」の関係を求めて付き合っていたうみちゃんが、SNS上で自分をレズビアンパートナーとして紹介していると知る。多様性を認め、理解を示したがる世相に迎合するかのように、同性愛カップルらしさを打ち出す戦略的メッセージの数々。そしてそれを教えてくれた友の応答も、配慮に満ちた定型的なものだ。まどかはそのすべてに嫌気が差し、別れを告げてしまう。
 本作のバランス感覚のよさは物語をここで終わらせない点にある。まどか自身が「他人のお墨付きの言葉」を使う能率性に気づく契機があるのだ。また、偶然再会したうみちゃんの親切心あるふるまいを、元カノという枠組み越しに解釈していたと自覚もする。
 つまりまどかは、言葉というものが帯びる効能とあやうさの両面を知って、決して一義的に留(とど)まらない言葉の奥の秘密に触れるのである。肩を抱くように気安くカテゴライズし大雑把な理解を示すのとは別のやり方で、共感(エンパシー)を発動させること。
 本作は、自分は自分ただ一人を代表する存在だという真の当事者性の尊重と、連帯の可能性の模索という本来相反する力の共存を描いた。物語ラストの血と涙と定型的挨拶(あいさつ)は、世界と折り合いをつけたまどかを示す。繊細にして、批評的な角度の切りこみの入ったデビュー作の誕生である。
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としもり・あきら 1994年生まれ。本作で文学界新人賞を受賞してデビュー。芥川賞候補にもなった。