ISBN: 9784777828739
発売⽇: 2022/06/21
サイズ: 19cm/269p
「これからの時代を生き抜くための文化人類学入門」 [著]奥野克巳
自然に近い生き方とは、どのようなものだろう。無農薬野菜を食べること。田舎で暮らすこと。あるいは自給自足の暮らしを送ることだろうか。
科学技術に浸りきった生活を送る私たちは、自分達(たち)の暮らしが自然から遠のいたことを嘆く。自然な生き方を取り戻せば、社会問題は解決される。そんな希望を抱くことすらある。
すると私たちの脳裏に狩猟採集民が浮かぶ。「かれらの暮らしは、きっと自然だったに違いない」。こうして狩猟採集民は、素朴な憧憬(しょうけい)の対象となっていく。
しかし人類学者の奥野は、そこに向け正反対の問いを投げる。「いやいや、より自然なのは日本人の我々ではないですか?」
なぜこのようなことを奥野は言うのか。その鍵は、プナンにある。10年以上に亘(わた)り彼が調査を続けてきた、マレーシア・ボルネオ島に住む狩猟採集民だ。
プナンは気前の良さを何より大切にする。贈り物であっても、それを欲しいと言われたら惜しみなく譲る。獲物を捕らえたハンターが分け前を多く取ることはない。獲物の運搬や解体など、何らかの形で狩りに参加したのなら、誰もが平等に肉の分け前に与(あずか)る。尊敬されるリーダーは、高級時計をちらつかせる人物ではなく、何も残らないほど分け与え続ける人物だ。
なぜここまで所有欲がないのだろう。それは、かれらが自然な人々だから?
そうではない、と奥野は言う。プナンの子どもには、お菓子を独り占めしたいなど、明確な所有欲が見られるからだ。しかしプナンは、その所有欲を親のしつけや、独占を戒める神話などを通じ、徹底的に刈り取っていく。プナンの気前の良さは、自然の開花ではない。むしろ文化にまみれる中で、ようやく育まれる産物なのだ。
対して日本はどうだろう。程度の差はあれ、オモチャ、スマホなど、子どもが欲しいものを与えることが望ましいとされる。加えて、所有の対象となるのはモノばかりではない。知識や能力までも個人の持ち物とされ、そこに価値がつけられる。
自然に芽生える所有欲をほったらかしにし、なんでもかんでも所有の対象にする点で、日本人の方がよっぽど「自然」であると奥野は述べるのだ。
文化人類学は、異なる他者の生き方を通じ、自分達の当たり前を省み、共存という意味においての、より良い暮らしのあり方を探る学問だ。
その学問の醍醐(だいご)味が、円熟した人類学者の手によって、多くの人々に平易な言葉で開かれている。
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おくの・かつみ 1962年生まれ。立教大教授。著書に『絡まり合う生命』『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』。共著に『マンガ人類学講義』『今日のアニミズム』。