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戸田和代さんの絵本「きつねのでんわボックス」 会えなくても、自分の心に居れば寂しくない

『きつねのでんわボックス』(金の星社)より

幼年童話が絵本に

――山の麓にある古い電話ボックスに、今日も小さな灯りがともる。「かあさん、あいたいな……」。入院中の母親に電話をかける男の子。その様子を遠くでそっと見つめているのは、子どもをなくした母ぎつねだった――。子を思う母の気持ちがひしひしと伝わる、戸田和代さんの絵本『きつねのでんわボックス』(絵・たかすかずみ/金の星社)。1996年に刊行された同名の幼年童話が好評となり、多くの書店から「ぜひ絵本にも」との要望を受けて刊行されたものだ。

 読み物版が思いがけず売れたのは、たかすかずみさんの絵が素晴らしかったからだと思うのです。表紙のきつねの親子を包み込む色、あれは灯りの色ですよね。母ぎつねの凜とした姿もすてきでした。

 絵本版のお話をいただいたとき、とても嬉しくて内容はそのままで、少しだけ文章を変えました。絵本としては文章が多かったのですが、私の中で完結していたのでどうしても削れなくて……。編集者さんにご迷惑をかけたと思います。たかすさんにも新しく描いていただいて、とてもすてきな絵本になりました。

――きつねの親子と人間の子どものほのぼのとした交流を描いた物語かと思いきや、早々に子ぎつねが亡くなるという展開が待っている。

 その頃、きつねやたぬきが人を騙したりするようなお話がたくさんあって、そういうものじゃない、騙さないきつねの話を書こうと思ったのが最初でした。でも、書き始めたら、自然破壊を訴えるような流れになっていきそうになって、これは違うなと書き直しました。

 当時、私は軽い空の巣症候群だったのかもしれません。息子が海外に短期留学をすることになって、初めて家から居なくなったので、ものすごく寂しくて……、今思えばその寂しさみたいなものが、物語を書かせてくれたのかもしれません。

『きつねのでんわボックス』(金の星社)より

 物語に電話ボックスが出てくるのは、以前住んでいたマンションの前にあったからなのです。たいてい誰も使ってなくて、夜中もずーっと青白い蛍光灯の光がともっていて、とても寂しそうでした。もうひとつ誘引となったのは『谷内六郎の絵本歳時記』(絵と文:谷内六郎、編:横尾忠則/新潮文庫)でした。神社の電話ボックスで白いきつねが電話をかけている絵があって、きつねは誰に電話をかけているのだろうと気になりました。そうしたものが重なって、このお話が書けたのだと思います。

お母さんに読んでもらいたい

――毎晩、電話ボックスから母親に話しかける男の子。その姿に我が子を重ねる母ぎつね。思わず抱きしめたくなる思いをこらえながら、そっと見守る母ぎつねの様子は読むものの心をふるわせる。

 子ぎつねではなく、母ぎつねを主人公にしたのは、自分が母親だったからかもしれません。書いている途中でこれは子どもだけではなく、お母さんに読んでもらいたいと思いました。少し暗い内容だけに、わかってくれるお子さんもいますが、まだ小さくてピンとこないお子さんもいると思います。高学年になるとわかる感じなのかもしれませんね。

――悲しみの底にいた母ぎつねは、男の子との出会いから、次第に元気を取り戻していく。作品を通して伝えたかったのは「会えなくても大丈夫」という思いだ。

 直接会って話したり、手を取り合ったり、それだけが会うことではない。大切な人がここに居なくても自分の心に居れば寂しくない。「会えなくても大丈夫」なんだって、そう言いたかったんだと思います。子どもの頃に『安寿と厨子王』を読んでショックを受けたのです。幼い姉弟が人買いに売られてお母さんと別れてしまう……こんなに恐ろしくて理不尽なことがあっていいのか、もし自分の身に起こったらどうしようって。この怖さを大人になるまで引きずっていました。

『きつねのでんわボックス』(金の星社)より

 いちばん怖いのは「孤独」だと感じています。でも、この作品を書いたことで「会えなくても大丈夫」という思いにたどり着けました。書きながら、自分を慰めているみたいなところがあって、ようやく気持ちに整理がついたというか、卒業できたというか。そういう意味でも、私にとって記念すべき本になったと思います。

ただもう、書いて

――本作を書いたのはデビュー間もない頃。通い始めた童話創作教室がきっかけだった。

 友人に童話創作教室に誘われて、私には無理だと思いながら足を運んでみたら、講師の先生の最初の言葉が「誰もが書くような話は書くんじゃない」でした。その言葉に背中を押されました。それまで人と比べると何をやっても劣ってしまうコンプレックスを抱いていた私は、人がやらないことをやっていいというのがほんとうに嬉しかった。そうしたら、アイディアがどんどん浮かんできて、ただもう書いて、書いて、絵本作家になろうとか、本にしたいなんて思わず、とにかく書くことが楽しかったのです。

 『きつねのでんわボックス』はその頃書いたものです。私が長い間抱えていて、さらに出版社に眠っていて、出版されたのは10年近くたっていました。思いもよらず長く読んでいただけるようになってほんとうに嬉しいです。

『きつねのでんわボックス』(金の星社)より

――繰り返し心に浮かぶ光景を書いてきたという戸田さん。ふと浮かんでくるのは子どもの頃の自分だ。

 「子どものころ見た光景は一枚の写真のように、ぱっと思い出すことができる。そのとき自分が考えたことも、はっきり思い出すことができる」という石井桃子さんの言葉に出会い、すごくしっくりしました。私も何度も浮かんでくる小さい頃の光景や思いがあって、そこから自然にお話が生まれてくるような気がしていました。書かなくちゃと思って書くのではなく、無意識に書けるのです。その方が夢中になって書けるし、自分も元気になれるような気がしています。これからも子どもの頃に行きつ戻りつしながら書いていこうと思っています。