「挿絵でよみとくグリム童話」書評 視覚文化の地平を感性で広げる
ISBN: 9784657227010
発売⽇: 2022/06/03
サイズ: 22cm/382p
「挿絵でよみとくグリム童話」 [著]西口拓子
こういう図版の多い本の書評は、やはり絵を先行して語るべきであろう。本書は題名が語るように「挿絵でよみとく」必要があるからだ。読者自らが解説文に目を通す前に、自らの感性と視覚体験を通して「読み解く」ことによって、読者の主体性を優先させ、解説に束縛されない視覚人間の自由度を獲得することこそが、今日的な視覚文化に対する社会的礼節ではないかと思うのである。観念優先から感覚優先を重視することによって、視覚文化の地平はどんどん拡張されるべきである。
本書の魅力は何と言っても、オリジナル画に対する模写であったり、改竄(かいざん)であったり、時にはオマージュであったり、剽窃(ひょうせつ)であったりするのかも知れないが、読者の興味を引くのは、やっぱりオリジナル画とそっくりさんとの差異に気づくときの不思議な発見と興奮である。
単に西洋の猿真似(まね)ではないかという考えは今日では通用しない。なぜなら、色々な解釈やものの見方に思い思いの価値を認めるのが今日の多義的なあり方だから。そして、似て非なるもののズレを発見することこそ、新たな美を獲得する喜びになるのではないだろうか。
「グリム童話」は大正期にすでに日本でも紹介されていて、日本版の挿絵は岡本帰一などの挿絵画家らによって、模造作品が(言葉はよくないが)乱発されている。僕は、その行為を批判するどころか、賛美の立場に回る人間である。これらの挿絵は、今日の現代美術の剽窃の論理を時代を越えて先行していたと評価できるからである。
最後にひとつ注文がある。本書の図版はあまりにも小さすぎる。外国の大型切手くらいのサイズでは、よく似た作品の差異の比較が、ルーペを用いてでないと、非常にわかりにくい。ここはやはり、文章よりもビジュアルそれ自体で語らせるべきではなかったのではないだろうか。
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にしぐち・ひろこ 早稲田大教授(ドイツ文学)。分担執筆した本に『ドイツ文化事典』など。