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「宮本常一の旅学」書評 若者たちの探索 体系化の試み

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月17日
宮本常一の旅学 観文研の旅人たち 著者:福田 晴子 出版社:八坂書房 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784896942989
発売⽇: 2022/07/25
サイズ: 20cm/322p

「宮本常一の旅学」 [著]福田晴子

 タイトルにある「観文研」は、正式名称を「日本観光文化研究所」という。1960年代から80年代にかけて、民俗学者の宮本常一が旅する若者に資金を与え、在野の大学院、さらに言えば「若衆宿」のような居場所として作った研究所だ。
 〈私にとって旅は学ぶものであり、考えるものであり、また多くの人々と知己(ちき)になる行動であると思っている〉
 そう語る宮本のもとには、ドキュメンタリーを撮ろうとする者や美大生、探検家や写真家を志す貧しい若者たちが集った。居場所を得た彼らはザック一つで日本全国や海外を各々(おのおの)のテーマを持って歩き、機関誌「あるくみるきく」に成果を発表した。
 生涯の約4500日を農山漁村への旅に費やしたという宮本には、父親から教えられた旅の「十カ条」がある。
 〈汽車へ乗ったら窓から外をよく見よ〉
 〈村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ〉
 そうした教えは彼のパトロンであった渋沢敬三の教えにも連なっており、見落とされたものの中にこそ本質がある、という哲学が貫かれていた。
 当時の観文研の若者たちがいかに旅を深め、何を学び取っていったのかを聞き取りながら、著者はそれを「旅学」として体系化することを試みる。
 祭りやマタギ、琵琶や石塔の研究を続けた者、海外の遺跡を探索した者……。彼らの語りの数々を綴(つづ)るその視点は、あたかも宮本のまいた種が芽吹いていく瞬間を捉えていくかのようであった。
 旅らしい旅とは何か、「学び」を呼び起こす創造的な旅とはどのようなものか。現代の情報化社会に生きる私たちは、歩かずに世界を見ることができる。だからこそ旅の体験の価値をあらためて見つめ、「現代」におけるその意義を掘り下げようとした労作だ。
    ◇
ふくだ・はるこ 元旅行業界誌記者。早稲田大大学院文学研究科の修士論文が本書の元になっている。