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揖斐高さん「江戸漢詩の情景」インタビュー 繊細さと社会性、身近に

揖斐高さん

 「山紫水明」という熟語は、中国にはなかった。江戸後期の歴史家・漢詩人の頼山陽(らいさんよう)が、夕暮れの美しい景色を「最も佳(よ)し山紫水明の間(かん)」と詠んだのが始まりとされる。山陽は生涯仕官せず、在野で過ごした。塾生からの謝礼や著書『日本外史』の写本料で生計を立てた。こまめに預金管理と利殖を心がけたという。

 「二魂伝(にこんでん)」という文章を書いたのは、江戸前期の医師で詩人の村上冬嶺(とうれい)。学問や詩文の世界に自由を求めつつも、俗世間を肯定的に生きる、二つの魂の共存を述べている。

 こうした「風雅」と「日常」を生きる漢詩人たちの姿を描いたのが、本書だ。背景には、150人、320首の詩を編訳した『江戸漢詩選』上・下巻(岩波文庫)がある。

 「アンソロジーは全体像をバランスよく紹介するのに苦労しました。今回は、おもしろいトピックやテーマを書くので楽しかったですね」

 出発点は、東京大大学院に入った1971年。たまたま研究室にあった富士川英郎著『江戸後期の詩人たち』を、一気に読み終えた。「詩吟や大言壮語するような漢詩のイメージと違って、やわらかい心と繊細な表現があり、感銘を受けました」

 中でも、幕府の大工棟梁(とうりょう)を辞め、各地を転々とした詩人・柏木如亭(かしわぎじょてい)にひかれ、一瞬で修士論文のテーマに決めた。日本の漢詩も中国の詩も一から学び始め、如亭らの詩集を訳注をつけて刊行。江戸漢詩を中心に、日本漢詩の展開を跡づけてきた。

 「和歌や俳諧だけを見て、江戸時代の詩には社会性がないと誤解されています。漢詩のテーマは社会的な問題や自己省察など、幅広く多様です。それを読まないと、当時の人の考えはわからない。漢字ばかりで自分とは関係ないと思うかもしれませんが、読んでいくと、思った以上に身近です。この本が橋渡しになれば」(文・石田祐樹 写真・関口達朗)=朝日新聞2022年9月17日掲載