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「怖い家」書評 人が棲むことで意識宿す生き物

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月08日
怖い家 伝承、怪談、ホラーの中の家の神話学 著者:沖田 瑞穂 出版社:原書房 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784562072026
発売⽇: 2022/08/16
サイズ: 20cm/229p

「怖い家」 [著]沖田瑞穂

 子供の頃のわが家は離れを含めて七部屋あったが、仕切りがなかった。そのことが逆に夜になると怖かった。一人で便所に行けなかったので、母に付いてきてもらった。暗い庭に面した廊下の奥に汲(く)み取り式便所があって、足が竦(すく)んでしまった。
 便所へ通じる庭は本書によると、庭そのものが異界、つまりあの世であるという。だから時間が存在しない。そんなあの世を横目で見ながら、怪異が出現する便所に入る勇気が僕にはなかった。僕にとっての便所は、まるで死が口を開けて待っている怪異そのものの空洞でしかなく、便所の外で待つ母の姿がまるで亡霊のように見えてゾッとしたものだ。
 「怖い家」とはよく言ったものだ。家は、僕にとって常に怖い存在である。本書の内容から少し離れて私事になるが、母が死んだ後に家を移った。彼女は知らないはずの新しい家の中に、ある日、母が現れた。怖がりの僕をおどかすつもり? 母は僕に寄り添って無言のままボーッと立っていた。日中に実際に起きた怪異現象だ。
 本書は、世界中から集められた神話や昔話の伝承、現代の小説やアニメ、怪談、ホラーなど、家にまつわる異界の怖い話を紹介する「怖い家」のアンソロジーだ。家は人体とよく似た構造を持っていて、その空洞の内部は人間と同じように、心も魂も霊も宿した精神の生き物として、人々に恐怖をもたらす存在である。
 家という造形物が怖いのか、そこに棲(す)む人間が怖いのか、「どっちや?」。人間の肉体に最も近い環境である家に人が宿ることによって、人格化した造形物が意識を持った瞬間、人は怪異に遭遇し、「あっ、怖い」と悟ることになるのだろうか。
 また、古い家には何かがいるという。わが家は築88年。もし、そこに怪異がいるとすれば、それはこの「私」かな?
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おきた・みずほ 1977年生まれ。専門はインド神話、比較神話。著書に『世界の神話』『すごい神話』など。