地球のどこかに存在していたが、はかなくも海底に沈んでしまった――。そんな「失われた大陸」のイメージを追いかけてきた歴史学者の庄子大亮(しょうじだいすけ)さんが、これまでの研究を集大成した『アトランティス=ムーの系譜学 〈失われた大陸〉が映す近代日本』(講談社選書メチエ)を出した。人類が長きにわたって語り続けてきたイメージの魅力はどこにあるのか。
「失われた大陸」の伝説は、古代ギリシャの哲学者プラトンが対話篇(へん)のなかで語ったアトランティスに始まる。かつて大西洋上に存在し大国が栄えたが、大災害によって海に沈んだ幻の大陸。そのイメージは虚実を超えて語り継がれ、人類史に影響を及ぼしてきた。
庄子さんは1975年、秋田県生まれ。幼い頃にアニメやマンガで知ったギリシャ神話に興味を引かれ、歴史学の道を選んだ。西洋古代の神話が「時間や地理的な隔たりを超えて日本でも受け継がれ、自分の目の前にあるのがすごく面白くて」。大昔の人間の想像力に触れてワクワクした経験は、「失われた大陸」への関心ともつながる。
あったのか、なかったのか。とかくそうした議論になりがちだが、「事実かどうか、正しいかどうかではなくて、なぜ幻の大陸というイメージが出てきたのかに興味がある」と庄子さん。「事実と想像は簡単には分けられない。ぶつかったり影響を与え合ったりしながら世の中の物事は成り立っているという意識が根底にある。『失われた大陸』は私にとって、象徴的なものなんです」
アトランティス大陸を夢みた西洋と異なり、日本では、より近くの太平洋上にあったとされるムー大陸の影響が色濃かったという。戦前戦中には帝国日本の南進政策や日本人起源論と結びつき、戦後には神話なき世代のロマンやノスタルジーを呼び覚ます「偽史」の舞台として、繰り返し海底から浮上し続けてきた。
庄子さんは本書のなかで、「失われた大陸」を「魔法の鏡」に例える。のぞき込む者の思いや願いを映し出し、人々を誘い込む魔力は健在なのだろうか。
「心の中では、世界中の誰もがぐうの音も出ないような証拠が見つかって、実在が証明されたら面白いなと妄想するときもある」と笑う。ただ、「現実問題としておそらく大陸は見つからない。でも見つからないからこそ、これからも人々の思いを映し出して、存在し続けていくイメージなんだろうなと思います」。(山崎聡)=朝日新聞2022年10月19日掲載