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「セックスロボットと人造肉」書評 快適さを追求した先の未来とは

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月22日
セックスロボットと人造肉 テクノロジーは性、食、生、死を“征服”できるか 著者: 出版社:双葉社 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784575317367
発売⽇: 2022/08/25
サイズ: 19cm/427p

「セックスロボットと人造肉」 [著]ジェニー・クリーマン

 ひとりひとりが、それぞれの嗜好(しこう)に合わせたAI搭載のセックスドールを持ち性欲を満たす。赤ん坊はバイオバッグの中で育つため、「妊娠」と「出産」は不要。女性はキャリアを中断する必要はない。テクノロジーで肉は培養されるので、肉を食べるのに動物の権利も、環境破壊も気にする必要はない。大好きな景色を見ながら、自分の望むタイミングで苦痛なく死ぬことができる。
 こんな世界が到来したら皆さんはどう思うだろう。大半の人が気味悪いとか、人間らしさの否定であるとかいった意見を持つのではないか。
 しかしこのような否定的反応は新しいテクノロジーに対する人間の常である。過去を振り返れば映画や本ですらそのような憂き目を見ているし、無痛分娩(ぶんべん)は「自然分娩」に劣ると考える人は未(いま)だにいる。
 翻って、本書で紹介される起業家や研究者はこれら忌避感にこう返答する。世界には一般的なやり方で誰かと親密な関係を築くことが難しい人たちがいる。セックスドールはそんな人たちを幸せにするんだ。妊娠と同様の症状をもたらす病気があったら、それは重病とみなされるだろう。なぜ妊娠に伴う数々の不調を技術で取り払ってはいけないのか? 本人の意思の尊重がこれだけ叫ばれるのに、なぜ死ぬときだけそれが許されないのか?
 「人間らしさを損ねる」「自然に反する」といった古典的カードを切ることなく、あなたはこのように主張するかれらと論理的な議論ができるだろうか。
 人は、身体機能を技術によって外部化し、生活を快適にし続けてきた。手ではなくハサミを使う。足ではなく車を使う、といったように。そう考えると本書で紹介される諸々(もろもろ)の技術はその延長線上に過ぎない。
 とはいえ、どこまで快適になれば私たちは気が済むのだろう。その意味で、読後ため息が出た一冊である。
    ◇
Jenny Kleeman 英国のジャーナリスト、ドキュメンタリー製作者。英ガーディアン紙などで執筆。