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「フィールダー」 「善悪とは」根源問う拷問と快楽 朝日新聞書評から

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年10月22日
フィールダー 著者:古谷田 奈月 出版社:集英社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784087718072
発売⽇: 2022/08/26
サイズ: 20cm/333p

「フィールダー」 [著]古谷田奈月

 総合出版社、立象(りっしょう)社で働く橘泰介はある日、自分が担当している児童福祉の専門家、黒岩文子に小児性愛の疑いがかけられていることを知る。時を同じくして黒岩から送られてきたメールには長文のファイルが添付され、「今のわたしは、もう、何が子どもたちのためになるのかわからなくなっています」。そんな言葉から始まった文書には、黒岩がアカツキという女児にしたことが、当人の視点から詳(つまび)らかに書かれていた。
 現存する多くの物語には、現実離れした悪者が登場する。しかし、今日ではそのような悪党が現実にはそうそう存在しないことを人々はもう知っていて、こんなやついる?と鼻白むような悪党を登場させれば一気にリアリティがなくなってしまう。そんな分かりやすい勧善懲悪が封じられた現代に出版された本書は、完璧な悪者などおらず、それぞれが正しさを追求して生きているだけでそれが悪にも善にもなり得てしまう恐ろしさ、皮肉さを、あらゆる人々の置かれた環境や採用している価値観とともに解き明かしていく。
 善悪の議論になるとまず私たちが逃げ込もうとする、口当たりのいい価値観に守られた隠れ蓑(みの)は、登場人物たちの葛藤や押し問答の中で全て潰され、残るのは答えのない拷問のような思考の荒波だ。しかし次第に侵食してくるのは、一ミリでも足を踏み外せば社会不適合者とみなされる「現代の空気を踏襲した正しさ」しか受け入れられない狭量で画一的な議論から逸脱し、根源的な問いにまで引き摺(ず)り下ろされていく喜びだった。
 あらゆる判断が定まっていない。一ページ先でどんな考えにたどり着くのか想像もつかない。めいめいの浮遊した思考が紡いでいく物語に身を委ねつつ、既存の価値に依拠しない正義が存在するのかと考え続ける読書は、まさに拷問と快楽という矛盾した要素を孕(はら)んでいた。
 「どうすればこのねじくれを直せるのか」。黒岩文子は、自分にとって至上の行為がこの世で罪となってしまうねじくれに苦しんでいた。そして読者もまた、己の中にあるねじくれに気づかされ、もがくこととなるのだ。本書内にはねじくれを正す装置は設定されていない。しかし、あまりに大きく、構造的にも心情的にも解消不能な矛盾と共存していく他ない我々の、怠けきった頭を再稼働させるためのガソリンを本書は行き渡らせてくれる。野蛮で我儘(わがまま)で切実。そんな生々しい人間そのものと皮膚を合わせたような、罪悪感と心地悪さに戦慄(おのの)きながら、私たちは錆(さ)びついた車体をきしませながら、走り出す他ない。
    ◇
こやた・なつき 1981年生まれ。2017年、『リリース』で織田作之助賞。18年、「無限の玄」で三島賞。19年、『神前酔狂宴』で野間文芸新人賞。他の著書に『ジュンのための6つの小曲』『望むのは』など。