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「孤島の飛来人」書評 ひそかに続く「王国」に迷い込む

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年10月22日
孤島の飛来人 著者:山野辺 太郎 出版社:中央公論新社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784120055638
発売⽇: 2022/08/22
サイズ: 20cm/195p

「孤島の飛来人」 [著]山野辺太郎

 まじめな人たちが、大まじめに織りなす気宇壮大な物語。南国の風景と戦争の記憶が交錯し、滑稽さのなかに、もの悲しさも交じり合う。不思議な読後感が後を引く作品だ。
 経営危機でフランスの会社の傘下に入ると噂される日本の自動車メーカーに勤める「僕」。ある夜、同僚たちに見守られ、6個の風船を背中につけて横浜の高層ビルから飛び立った。空の時代の到来を見据えた実証実験を、極秘に決行したのだ。
 冒頭から有無を言わせぬ勢いで物語が展開する。ここは一緒に飛んでいくしかないと、覚悟を決める。
 「僕」は小笠原諸島・父島を目指すが、風船が破裂し、あえなく海へ転落。漂着したのは北硫黄島だった。ところが終戦前に無人島になったはずのこの島には、ひそかに「王国」が生まれていた……。
 本書は1992年、琵琶湖畔から風船を付けて飛び立ったまま行方不明になった「風船おじさん」から着想を得たという。あの人は、どこへいったのか。想像を膨らませながら地図を見ていた著者は、北硫黄島という島の存在を知る。実際に戦中まで人が住み、その後無人島になった島だ。
 読みながら、かつて訪れた硫黄島や父島、日本最西端の与那国島といった辺境の島々を思い出した。うっそうと茂る樹木、いまも残る戦争の跡、海の向こうで伸縮した国境。島には、そこにしかない濃密な時間が流れている。台湾と密貿易をする「王国」は、与那国島を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 現実をするりと抜ける不思議な感覚は、著者の『いつか深い穴に落ちるまで』(河出書房新社)にも通じる。日本とブラジルとを結ぶ穴を掘る、政府の極秘計画。事業を請け負った会社の社員が主人公の、これまた奇想天外な話だった。
 物語を引っ張るのはまじめな勤め人たちだが、話のスケールの大きさは爽快なほど。奇妙な世界に一気に引き込む剛腕が光る。
    ◇
やまのべ・たろう 1975年生まれ。作家。2018年、「いつか深い穴に落ちるまで」で文芸賞を受賞。