100本ノックでアイデア出し
―― 表紙には大きく「ぱかっ」の文字と、その下に割れたたまごの殻。たまごの絵本かと思いきや、「わにさん わにさん ぱかっ」「おべんとうさん おべんとうさん ぱかっ」と続く。2017年に出版された森あさ子さんの『ぱかっ』(ポプラ社)は、音の響きの心地よさと意外性のある展開が楽しい、赤ちゃん絵本の新定番だ。
『ぱかっ』は私にとって2作目の絵本です。最初は形の絵本を作る予定でラフを進めていました。丸、三角、四角を組み合わせると、くまさんやおうちができあがる、という内容だったんですが、なんだか無機質で、おとなしい印象の絵本になってしまって。もっとキャラクターの表情や音の響きを生かして、動きのある絵本にしたいなと思っていたんです。
そんなある日、道端で何となく見上げた木に、小さな実がなっているのを見つけました。特に大きくも色鮮やかでもなくて、何の実だったかも忘れてしまったのですが、この実がすとんと落ちてぱかっと割れたら、中から何が出てくるだろうと、ふと思ったんですね。「ぱかっ」という音がとても明快で心地よかったので、いろんなものが「ぱかっ」「ぱかっ」と開いていく、というアイデアにつながって、ラフを一から作り直しました。
―― 編集者から新しいラフでOKが出て、『ぱかっ』の制作がスタート。まずは「ぱかっ」の音で何が開いてどうなるか、たくさんの候補を出していった。
100本ノックみたいな勢いで、時間をかけて、いくつも候補を挙げていきました。果物がぱかっと割れるイメージからスタートしたので、初期のラフは、りんごから始まっています。りんごがぱかっと開くと中から青虫が出てくる、という展開を考えていたんですが、最終的にはボツにして、もっとシンプルに、たまごで始めることにしました。当時、私は妊娠中だったので、たまごがぱかっと割れて生まれてくるというシーンがよりしっくりきたのかもしれません。
選定基準は、わかりやすさと面白さ、子どもにとっての親しみやすさ。めくったときの絵の変化が大きい、ということも重視して厳選しています。チューリップがぱかっと開いたら親指姫が出てきた、とか、お鍋の蓋をぱかっと開けたら湯気のおばけが出てきた、てんとう虫たちが羽を開いたら、1匹だけお尻が電球だった、なんて案もあったんですが、赤ちゃんにはわかりにくいかなということで、あえなくボツとなりました。
後半に出てくるダルマの場面も、当初はマトリョーシカにするつもりだったんですが、「マトリョーシカさん マトリョーシカさん」という言葉の響きがしっくりこなかったので、より馴染みのあるダルマにしました。
ラフの段階で、保育園に行って読み聞かせをすることで、リアルな反応を取り入れることもできました。最終的に「ぱかっ」を5回繰り返す絵本になりましたが、バリエーション豊かで意外性のある展開にできたのではないかと感じています。
下描きなしの切り絵で面白みをプラス
――『ぱかっ』の絵は、色を塗った紙を切り貼りして描いた。フリーハンドならではの味のある線を生かすため、あえて下描きなしで切ることも多いという。
デビュー作の『あなのなか』も切り絵でした。きっかけはたぶん、当時スタッフをしていた造形教室だと思います。その教室は、紙を切って貼るというカリキュラムが多いところだったんですね。子どもたちと一緒に切って貼って描くうちに、どんどん楽しくなって。学生時代は油絵ばかり描いていたので、はさみを使って切り貼りするというのが新鮮だったんですよね。
それで、特に深く考えずに切り絵で絵本を作り始めたんですが、どうやら切り絵は、エッジがパキッとして赤ちゃんでも見やすいらしいということもわかってきました。意図せず赤ちゃん絵本と相性のいい手法を選んでいた、というわけです。
あまり下描きをしてしまうと、その線に引っ張られて、切り口に面白みが出ないので、目や鼻などのパーツは特に下描きなしで切ることがほとんどですね。何枚も切って、その中からいいものをピックアップすることもあります。
―― 黄色、ピンク、青みがかった緑……と、場面ごとにがらっと変わる背景色も美しい。
基本的に、自分にとって気持ちのいい色を選んでいます。あとは、隣り合う色で引き立てあうようにとか、ページをめくっていったときに似たような色が続かないように、といったことに気を配っていますね。
『ぱかっ』は制作途中で出産を挟んだので、出版までトータル3年ほどかかりました。表紙は、たまごの殻が上下にぱかっと開いたイメージで考えていたのですが、他の絵本の構図と似ないようにという配慮から、最後の最後で殻の位置を変えました。切り文字のタイトル『ぱかっ』も含めて、新鮮な表紙になったのではないかと思っています。姉妹作『くるっ』とともに楽しんでもらえたらうれしいです。
絵本を通して対話する
―― 最新作『ぞぞぞ』は、怪獣やおばけなど“怖いもの”が次々と登場する絵本。キーワードは、子どものいたずら心だ。
娘が2歳前後の頃に、いたずらをするようになったんですね。コップのお茶をこぼす振りとか、食べ物を投げる振りをして、「やるよ?」「やっちゃうよ?」とこっちの反応を伺っている様子が面白くて。そんな子どものいたずら心を絵本にしてみました。
『ぱかっ』『くるっ』よりもダークな色味と黒いシルエットで、不穏な空気感を出しています。私はのめり込むと絵が怖くなりすぎることがあるようなので、さじ加減には注意しました。一緒にいたずらを楽しむつもりで、ワクワクしながら読んでもらえたらうれしいですね。
―― 絵本作家として、子育て中の母として、絵本の魅力を改めて感じていると話す。
絵本は年齢も性別も問わず、人それぞれの感覚で味わうことができますし、ページを開いただけですぐ異空間に行くことができます。母としては、読み聞かせの中で子どもの成長を感じることができるのも、絵本の大きな魅力ですね。
作り手としては、編集者さん、デザイナーさん、印刷所や製本所の方々と一緒にひとつの世界を作り上げていくという作業にやりがいや面白さを感じます。さらにそれを読んでくださる方がいるというのは、とてもうれしいことです。絵本を通していろんな方と対話しているようで、日々ありがたいなと思っています。