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大石始さん「南洋のソングライン 幻の屋久島古謡を追って」インタビュー 歌が伝える海の民の記憶

大石始さん

 レとラの音を抜いた琉球音階は、沖縄県境に近い鹿児島の離島が北限とされる。ただ、はるか北に位置する屋久島に琉球音階を帯びる古い民謡がある。「まつばんだ」という風変わりな名と、不思議な旋律を持った歌のルーツに迫った一冊だ。

 戦後の暮らしの中でほぼ途絶えたが、明治元年生まれの女性が1965年に歌った録音が残る。ヤマトと琉球のメロディーが交じり合い、潮風や山の気配という土着の雰囲気を濃厚にまといつつ、風格がある。歌詞は島に生きる者への道しるべのよう。「これはすごい、と初めて聴いた時に鳥肌が立ちました」

 年貢米や黒砂糖の海上輸送の歴史をひもとき、歌い手の子孫や漁師を訪ね、港近くの墓石に目を凝らす。見えて来たのは、黒潮に沿って本土から琉球弧の島々を行き来し、屋久島に渡って来た海の民の姿だ。

 「ソングライン」は、オーストラリアの先住民が歌や踊りによって祖先の歴史、文化を伝える営みのこと。「幻の古謡の流入経路をピンポイントでつかもうとしましたが、屋久島への歌の道は想像以上に多様だった。歌に刻み込まれた多くの人の記憶にふれた実感があります」

 音楽を中心に取材をしてきたが、この10年は国内の祭りや伝統行事を訪ね歩き、著作を重ねた。東京周辺の新興住宅地で育った団塊ジュニア世代。「ふるさとがない自分の無い物ねだりで、地域に根ざした人やものへの憧れがありましたね」

 同年代の屋久島の女性は、まつばんだを歌うと「ここに生を受けただけで満たされている」と感じる、と語った。「取材中、屋久島の神様から『お前はどうするんだ』と問われている気がしました」。いまは東京の武蔵野に住む。何もないと思っていた「足元」で見付けたものを題材に、次回作を書くつもりだ。(文・写真 奥村智司)=朝日新聞2022年12月17日掲載