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『「地域の価値」をつくる』書評 困難な過去と向き合い 将来に

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月28日
「地域の価値」をつくる 倉敷・水島の公害から環境再生へ 著者:石田 正也 出版社:東信堂 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784798918013
発売⽇: 2022/11/01
サイズ: 21cm/194p

『「地域の価値」をつくる』 [監修]石田正也 [編著]除本理史・林美帆

 かつてネガティブな出来事が起きた地域は、自らの歴史をどう描けばよいのだろうか。不都合な過去を隠すと、貴重な経験が未来に生かされない。だが、出来事の悲惨さばかりを強調する歴史は、そこに住み続ける人にとって望ましいとは限らない。
 この葛藤を正面から引き受け、一つの答えを示そうとしている地域がある。岡山県倉敷市の沿岸に位置する水島地区だ。水島は戦時下から工業用地としての開発が進んだ。戦後はコンビナートが建設され、工場労働者の住宅都市としても発達する。1960年代に水質汚染による漁業被害が明らかになり、大気汚染による農業被害やぜんそくなどの人的被害が深刻化した。
 この事態に、漁民・農民・住民が共同して公害反対運動を展開する。特に患者会の運動は長く続いた。80・90年代には患者自らが署名活動や実態調査を行い、公害訴訟で勝訴した。患者会は地域の未来図「水島再生プラン」を描き、新たなまちづくりを目指す。その後、被告企業と和解が成立した。
 重要なのは、水島の地域再生が、深刻な公害被害の歴史と向き合いながら進められてきたことだ。裁判の解決金をもとに設立されたみずしま財団は、住民・行政・専門家などが協働する拠点として、市民参加型の活動を続けている。「みずしま地域カフェ」を開いて地元住民から話を聞き、その歴史を財団職員と住民が一緒になって『水島メモリーズ』という冊子にまとめた。昨年10月には、公害を含め地域の「困難な過去」を展示する資料館も設立した。この過程で、地域の歴史が広く住民に共有され、「地域の価値」や目指すべき将来像が見出(みいだ)されていく。
 「困難な過去」を持つ地域には問題解決の努力が蓄積されており、それが社会変革の力になるのだと編著者はいう。本書には、住民・専門家・行政などがともに過去と向き合い、「地域の価値」を作りだす経験と知恵が詰まっている。
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いしだ・まさや みずしま財団理事長▽よけもと・まさふみ 大阪公立大教授▽はやし・みほ みずしま財団研究員。