「人類初の南極越冬船」書評 隊員の心や体を蝕む極寒の極夜
ISBN: 9784775942819
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サイズ: 19cm/441p 図版16p
「人類初の南極越冬船」 [著]ジュリアン・サンクトン
1898年2月。南半球にある南極大陸は夏の終わりだ。待ち受けるのは長い極寒の冬である。南極観測船「ベルジカ号」で発せられた「南へ!」の言葉は重い意味を持っていた。
その先にあるのは、迫りくる氷に囲まれ、人類が経験したことがない越冬生活だからだ。1年近く危険と隣り合わせで孤立する生活は、南極探検隊メンバーの合意なく始まった。
探検隊の隊長は、海に魅せられ、極地探検の夢に取りつかれた31歳のベルギー人、ジェルラッシュ。1830年の革命でオランダから分離独立したベルギーは六十数キロの海岸線があるだけで、彼が生まれたころ海軍はないに等しく、商船に毛の生えた程度の船しか持っていなかった。にも拘(かか)わらず隊長の熱意は、若い小国ベルギーが達成しうる世界初の偉業の夢を一般国民に広げることに成功した。
一方、極地探検の主要目的は科学調査で、地理学、天文学、海洋学といった科学に対する見識が不可欠である。小国ゆえに人材集めに難航すると、当時はまだ珍しかった国際的な探検隊を期せずして成立させた。メンバーには、後に英国のスコットと競いながら南極点初制覇を達成したノルウェー人のアムンセンや、北極点初制覇を同じ米国人のピアリーと争い論争で敗北するクックがいる。
といっても、氷に閉じ込められた船での1年は本書の原題「地球の果てのマッドハウス」がハマる混乱ぶりだ。極寒の極夜は冒険心にあふれる隊員らの心や体を、致命的なほど蝕(むしば)んでいった。本書は隊員がつけていた貴重な日記などから、人類で初めて船中での南極越冬を行った人々がその特殊な空間で何を経験したのかを読み解く。
驚きに満ちた船中冒険記はSFのようで、ジェルラッシュも読んだというジュール・ヴェルヌの『海底二万里』を思い起こした。しかし、冒険心をかき立ててやまない本書は、小説ではないのだ。
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Julian Sancton 米国のジャーナリスト。「ヴァニティ・フェア」「エスクァイア」など各紙誌に寄稿。