1. HOME
  2. 谷原書店
  3. 【谷原章介店長のオススメ】宇仁田ゆみ「うさぎドロップ」 子どもたちの成長を見守るまなざしを感じる

【谷原章介店長のオススメ】宇仁田ゆみ「うさぎドロップ」 子どもたちの成長を見守るまなざしを感じる

谷原章介さん=松嶋愛撮影

日々の出来事や成長に癒やされる

 さまざまな飲食店での迷惑動画が拡散し、激しい非難が浴びせられています。もちろんやってはいけない行動だし、お店にとっては死活問題ではあるけれど、あまりにも熾烈な声が大合唱になっている状況に違和感を感じます。責めがあるなら赦しもあって欲しい。息苦しい時代に、宇仁田ゆみさんによる漫画『うさぎドロップ』(祥伝社)を読み返したいと思います。宇仁田さんは、子どもたちを、人間を温かい目で見守り、ていねいに作品に投影しています。実写映画化(2011年)される前に漫画を読み、「こんな素敵な作家さんがいらっしゃるのか!」と大好きになりました。

 30歳の独身男性・大吉(ダイキチ)は、祖父の訃報を聞いて駆けつけた祖父の家で、見知らぬ女の子に出会います。祖父の隠し子・りんちゃん。葬儀のてんやわんやに追われながら、親類一同は、りんちゃんの今後をどうするか、困り果て、無神経な言葉まで飛び交って、なすりつけ合います。その光景にブチ切れたダイキチは立ち上がり、言い放ちます。

「りん! こんなろくでもねートコ、子どもがいるトコじゃねーぞォ。おれんち、来るかァ?」

 勢いでダイキチは、りんちゃんを引き取ることになりました。以前、「谷原書店」でご紹介した、ヤマシタトモコさんの漫画『違国日記』もそうでしたが、親類たちが子どもをたらい回しにし、その子のことを考えているようで考えていない。「いきなり言われても」って自己保身に走る。そういう人たちのことが、許せない。たぶん、作者の一つの強い思いの代弁なのだと思います。

 ちょっと話が大きくなってしまうかも知れませんが、ダイキチの決断こそ、今の日本に最も欠けているところである気がします。AとBという二つの選択がある時、Aの選択をしたら、いろんな危険性やリスクがある。だから選ばない。よりリスクの少ない、Bを選び続けてきたことが、「喪失の30年」になったのではないか? やるリスクより、やらない安定を選ぶ社会に、未来はないと思うんですね。だからこそ、ダイキチの決断は、突拍子もないかもしれないけれど応援したくなるのです。

 ダイキチがりんちゃんを育てると決めた途端、さまざまな問題が怒涛のように押し寄せてきます。保育園はどうするのか、朝夕の送り迎えはどうするのか。僕の家庭の場合、僕はアシスト役だったのですが、「ああ、妻にはこんな苦労があったのか」と、改めて感じさせる場面が多々ありました。幼なじみ・コウキのシングルマザーが悪戦苦闘するさまも丁寧に描かれます。「男女雇用機会均等」どころか、「女性の力をいかに活用するか」みたいなことを政治家は言いますが、旗は振っても、現実は全然追いついてない。この漫画の連載開始は今からだいぶ前の2005年です。物語を読みながら、ため息をついてしまいます。

 ダイキチは、衣料品メーカーでのキャリア、働き方を変えてまで、りんちゃんに寄り添う生き方を選びます。子どもに対し、どう対処するのが良いのか、育てる時、たいせつにしなければいけないことは何か、ずっと模索し続けます。

 僕自身、子どもができて父親をやり始めて、かれこれ15年。今後もたぶん、子どもと一緒に、まだまだ父親として成長していくし、成長させてもらっていく。ダイキチの奮闘を見守りたい。

 コウキは、中学に進んでから少しだけ荒(すさ)みます。特に男の子は多感な時期、ちょっと脇道に逸れてしまうことがありがち。コウキも、学校で噂が立ちながら、それでも赦され、生きている。何かをやらかしてしまった子どもに対し、再び真っ当な道に戻してやる、そんな社会であって欲しい。

 冒頭で触れた迷惑動画の例では、「ネット自警団」という呼び方があるように、第三者が少年を叩きのめしてしまった。一罰百戒という厳しさの必要性があるとしても、強い違和感を覚えます。作者・宇仁田さんのコウキの描き方は、それとはまったく異なります。どこまでも子どもたちを温かく見守っていくのです。

 りんちゃんの母親は、長らく消息不明でしたが、残された母子手帳をきっかけに、物語は転がります。りんちゃんが母親を受け入れていくさま、互いに意識していたコウキとの心の通わせ方――。すれ違い、成長し、自分にとって本当に大切なものは何か、りんちゃんは次第に気づいていきます。登場人物たちの一つひとつの歩みに癒されつつ、終盤の展開には「えっ?」と驚かされます。

 じつは宇仁田さんご本人とは1度、対談したことがあります。良い意味で「マイペース」と言って良いのか、ご自身の独特のテンポ、生き方のペースをお持ちの方でした。独特の視点だからこそ、人物の描写が活きるのだろうな。これからも、宇仁田さんの描く世界を楽しみにしていきます。

あわせて読みたい

 宇仁田さんの『よっけ家族』(竹書房)、『パラパラデイズ』(小学館)もぜひ。『よっけ家族』は、東京から妻の実家・三重にUターンし、自然のなかで大家族と暮らすストーリー。『パラパラ~』は、地味に熱いアニメーターの奮闘記。どちらも『うさぎドロップ』のように、魅力的な人物がたくさん登場します。人の心情を深く汲み取りたいし、わかり合いたい。そんな気持ちを取り戻させてくれます。

(構成・加賀直樹)