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「社長たちの映画史」書評 才人・怪人が権謀術数を尽くす

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月04日
社長たちの映画史 映画に賭けた経営者の攻防と興亡 著者:中川 右介 出版社:日本実業出版社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784534059789
発売⽇: 2023/01/20
サイズ: 19cm/541p

「社長たちの映画史」 [著]中川右介

 著者の中川右介さんはマッピングの魔術師だ。膨大な文献から種々雑多な要素を抜き出し、それを並べ直して一つの大きな物語に仕立てる。本書で語られるのは1897年に始まる日本映画史。「監督」でも「俳優」でもなく、「社長」という座標軸を使うことで、見慣れた風景を鮮やかなパノラマへと変化させる。
 1912年、M・パテー活動写真商会など4社が合同して日活が誕生し、白井松次郎と大谷竹次郎の兄弟が創業した演劇会社の松竹が映画に進出する。そこに小林一三率いる阪急、五島慶太を総帥とする東急という東西の鉄道会社が参入。後の東宝と東映だ。大映は戦時下の合併で生まれた。
 日本映画史120年余のうち、前半は産業として伸び盛りだったゆえに、才人や怪人が次々登場する。彼らが離合集散と合従連衡を繰り返す。権謀術数を尽くして一獲千金を狙う。中川さんはそんな映画界を「義理と人情と貸し借りと恫喝(どうかつ)と懐柔が渦巻き、そこに女と酒がからむ世界だった」と表現する。これで面白くならないはずがない。
 戦前のハイライトは林長二郎(後の長谷川一夫)襲撃事件だろう。37年、天下の二枚目がヤクザに顔を切られる。背後には、出来たばかりの東宝と、松竹や日活など既存の会社の対立があったと言われる。そこには大映の永田雅一や松竹の城戸四郎、東宝の藤本真澄といった名前が見え隠れする。「点」として知っていた人物が「線」でつながっていく。この興奮こそ、歴史を読む醍醐(だいご)味である。
 映画人口は58年の11億人を頂点に、急坂をころがるように落ちていく。テレビの普及が原因だ。71年の観客は58年の2割に満たない2億人。大映が倒産し、日活が成人映画に転じたこの年で本書は終わる。残りの50年は、「長い後日譚(たん)」という短い章で一筆で語られる。「社長」の映画史としてはもはや面白くないからだ。魔術師は、幕を下ろすタイミングも心得ている。
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なかがわ・ゆうすけ 1960年生まれ。作家、編集者。著書に『プロ野球「経営」全史』『市川雷蔵と勝新太郎』など。