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「ゲンロンカフェ」10周年、東浩紀さんインタビュー 議論の場づくりで挑む「考える市民を増やすこと」

登壇者のジャンルや世代は幅広い。写真は「荒俣宏×鹿島茂×東浩紀 博物学の知とコレクションの魅惑――古書、物語、そして『帝都』」=2022年11月、東京都品川区のゲンロンカフェ、株式会社ゲンロン提供

 多彩な分野の論客が意見を交わすゲンロンカフェ(東京・五反田)が先月で10周年を迎え、記念イベントが続いている。従来の論壇と違い、専門の壁や権威的イメージを払拭(ふっしょく)した、自由な言論の「場」として注目されてきた。創設者で批評家・哲学者の東浩紀さん(51)に聞いた。

 「いまの自分の活動はゲンロン抜きには語れない」

 東さんは最初にそう言った。『訂正可能性の哲学』ほかの著書を準備中だが、頭にあるのは「持続可能性」のこと。自らの事業とこの国の思想課題、公私が混然一体となった問いと向き合う日々なのだという。

 ゲンロンカフェは、出版社ゲンロンの創業から3年後に始まった。古びたビルの一室で主催したイベントは約千回(配信のみを含む)、登壇者数は約700人に及んだ。

 コロナ禍で、観客を入れたリアル開催は計2年近く休止した。再開後も、入場者数は以前ほどには戻らない。だが配信の観客が伸び、多い日は3千人を超す。月ぎめの中継チャンネル「シラス」の登録者数も開設時から2年余で5倍に増えた。

 イベントのテーマは、震災復興、民主主義、情報社会など時事的な話題から、日本の批評の歴史を一望する企画など時間軸の長い話題も目を引いた。緊迫するウクライナ侵攻の話もあれば、スポーツと将棋から考える思考力、宗教、人類学、歴史、科学、あるいはファッション、食や酒まで幅広い。東さんら中核メンバーの関心に加え、大学院生のスタッフたちの志向も生かしているそうだ。

 「経営の健全化に努めた上で、知名度の低い論者を招くことを含め、いろんなチャレンジはしてきましたね。ただ理論的、抽象的すぎてはダメ。現場の話や映像や写真で見せる工夫もする。バランスですね」

 他方、椅子や観葉植物の配置など、カフェ空間への気遣いには胸を張る。さあ話してください、ではなく、「ホスピタリティーある雰囲気」こそ議論を豊かにするとみるからだ。時間制限のある講演会でなく、お尻を気にせず「話したいだけ話す」。時間効率主義といわれる「タイパ」が流行語になる時代の逆を行く装置は、登壇者にも観客にも予想以上に好評だという。

 見えてきたのが冒頭にも出た「持続可能性」という問題だ。理念やスローガンを掲げるだけではなぜ挫折するのか。言葉が届くために必要なものは何か。

 「リベラルへの支持が転げ落ちたこの10年」を参照しながら考えている、と語る。若い世代のデモが盛り上がった2015年の安保関連法。さかのぼれば09年の民主党政権の誕生も。「リベラル左派は一瞬の熱狂を作りだすことばかりやってきたから」と言う。

 極論をぶつけあう左右の二項対立は不毛としながら、左派により厳しい。たとえ負けても権力に抵抗の意思を示す役割もあるのでは、と尋ねると、さらに口調は熱を帯びた。

「威勢のいい正義を呼びかける人たちが、実は身分が保障されたムラ社会の住人で、権威的なふるまいをする。言行不一致。それに尽きると思う」

 「自分自身もかつてはそうだった。だから不一致を『生き方の違い』とは済ませられない。僕にできるのは、どうせ世の中変わらないと流されていく人々が多いこの国で、ものを考える市民を増やすこと。言うだけじゃなく『実際に本当に増やす』ことなんです」

 梅原猛や山崎正和ら中道・保守と目された思想家に学ぶことがいまは多い。粘り強さの点で学べる、という。その上で吉本隆明、鶴見俊輔、加藤周一ら、かつての広く「左」のスターたちの名も挙げた。

 「市民の前に出て信頼されること。結局、その積み重ねしかないと思う。大状況は絶望的に変わらない以上、足元で動くしかない」

 50代になり、抑制的になったと話すが、あくまで戦闘的である。「知の観客作り」を目指すゲンロンカフェの次の10年への決意は、揺るぎない。(藤生京子)=朝日新聞2023年3月8日