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「顔のない遭難者たち」書評 人間としての息吹を与える格闘

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月11日
顔のない遭難者たち 地中海に沈む移民・難民の「尊厳」 著者: 出版社:晶文社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784794973368
発売⽇: 2022/11/14
サイズ: 19cm/255p

「顔のない遭難者たち」 [著]クリスティーナ・カッターネオ

 アフリカや中東からヨーロッパへの移民・難民が、不幸なことに海難事故で亡くなっている。多くが漁船の、しかも定員無視による人為的事故だ。2001年から現在まで3万人以上という。その半分以上が地中海での死である。「祖国を去ろうとして叶(かな)わなかった移民たち」だ。
 著者はイタリアの法医学者。こうした遭難者たちの名を探し当て、人格を持つ存在として弔わなければとの使命感から、同定作業を進めている。本書は、遺体にいかに人間としての息吹を与えるかの格闘と、イタリア社会で遭難者に対するヒューマニズムの見方が広がっていく様子を記述し、現代が突きつけられた難民問題への向き合い方を教えてもいる。
 著者の目には、遭難者一人一人の人生のドラマが映る。一足先にヨーロッパに来た肉親が、粗末な船で命を失ったのではないかと、著者たちの研究所を訪ねてくる。乗船名簿もない漁船での密航ゆえ、同定の根拠となるのは遺体の特徴だけだ。遺体も破損がひどく、なかなか確認できない。電話番号のメモを見るなり、「これ、弟の筆跡です」と声をあげて泣く女性。息子を探す父親が、遺体写真のアルバムを執拗(しつよう)にめくる姿。著者たちの作業グループが遭難者の声を聞き、肉親につなげたいという思いは、研究者のみならず、遺体を保管する場所を提供した海軍軍人の心理にも影響を与えている。
 本書は、2015年4月の遭難事故に多くのページを割く。定員30人ほどのエジプトの古い漁船「バルコーネ」に千人も詰め込み、出港後まもなく転覆、沈没した、最大の悲劇とされる事故だ。遺体の確認、船の引き揚げと保存などの経緯が語られる。希望を持ってヨーロッパに向かった青年たちの遺体の服に縫い込まれた自国の土、成績表などが、人格を主張している。
 バルコーネは、「生と尊厳の擁護を訴える普遍的なシンボル」との主張は重い。
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Cristina Cattaneo 1964年生まれ。伊ミラノ大教授、ラバノフ(犯罪人類学歯科医学研究所)所長。