1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 「102歳、一人暮らし。 哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方」 生き方上手、自分を上機嫌に

「102歳、一人暮らし。 哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方」 生き方上手、自分を上機嫌に

 知人のカメラマンに、いつ仕事を頼んでも嬉(うれ)しそうに受けてくれる人がいる。現場で会うと笑顔で一生懸命仕事をしてくれるので、困ったときはあの人に頼もうと思う。それにひきかえ私ときたら、小さなことで落ち込んだり愚痴ったりして、もっと彼を見習わねばと反省する。やっぱり人は気持ちのいい人に会いたいものだし、そうした人の周りに人は集まるのだ。御年(おんとし)102歳で一人暮らし、周囲の人たちに慕われる哲代おばあちゃんも、きっと明るく笑いの絶えない人なのだろう。
 けれどもむろんそんな哲代さんにも辛(つら)く寂しい過去がある。だからこそ今の哲代さんの強さと優しさがあるのだ。哲代さんの言うように物事は表裏一体。冒頭の知人にも悩みがあって、常に封印しているけれども、なにかの拍子に何重にも閉めた襖(ふすま)が開いて、そいつが奥から走ってくると話していた。自分だけの苦しみや悲しみを抱えて、人は今日を生きている。
 哲代さんは、私はすぐ弱気の虫にやられてしまう、心の落ち込みは魔物だ、と書く。だから魔物にやられないように自分を慰め、励まして上機嫌にしてあげるのだと。人生100年時代というけれど、齢(よわい)50を過ぎるとどんなに生きてもあと半分、体力気力も減る一方で死を見つめて生きねばならず、それだけで充分(じゅうぶん)にしんどい。長く生きるとはこういうことだったのかと、私も暗澹(あんたん)たる気持ちである。
 しかしこうして前を歩く先達が、憂いをもちながらも日々信条をもって、元気に機嫌よく、しかも一人で長生きしておられるのを見ると、よろめきながらもこれから生きていくことに勇気をもらえる。今回本書を読んでいて、生き方上手の心得のひとつに、喜びの表現は大きくとあり、哲代さんが手を前に突き出し大声で「ありがとう!」と言っている姿につい笑ってしまった。私も人になにかしてもらったり嬉しいことがあったら、人も驚くオーバーアクションで「ありがとう!」と言おう。=朝日新聞2023年3月11日掲載

    ◇

 文芸春秋・1540円=8刷13万2千部。1月刊。購入者は「高齢の方から、親へのプレゼントという若い方まで幅広い」と担当者。