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「生命の旅、シエラレオネ」 エボラ治療記 浮かぶ命の格差 朝日新聞書評から

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月15日
生命の旅、シエラレオネ 著者:加藤 寛幸 出版社:ホーム社 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784834253719
発売⽇: 2023/02/24
サイズ: 19cm/285p

「生命の旅、シエラレオネ」 [著]加藤寛幸

 十二月二四日 餃子(ギョーザ)、ほんとにサイコー。
 これは、シエラレオネのエボラ治療センターで約1カ月働いた小児科医の著者が、日本帰国後の隔離期間に書いた日記の一節である。彼は隔離中、餃子ばかりを食べていたらしい。
「おいおい、クリスマスイブだぞ」とツッコミを入れながら、一体どんな味だったのかと思いを馳(は)せる。
 味は、食材だけが作り出すわけではない。「サイコー」なそれは、治療センターで燃える命と向き合い続けた緊迫の日々の記憶から生まれ出たに違いない。
 加藤が国境なき医師団の一員として現地で活動を始めたのは、2014年11月。西アフリカでのエボラ大流行が起こった年だ。この時流行していたザイール型の致死率は60%とも90%とも言われている。
 勤務初日、加藤は9歳のエボラ患者トーマスに「体を洗ってほしい」と訴えられる。流石(さすが)にそれは無理だと思っていると、同僚の看護師マッシモが、体を洗うから手伝ってほしいと言う。感染を怖がっていることを悟られないようトーマスの体に触れると、2枚の手袋を通して身体の熱と肌の柔らかさが伝わってきた。9歳の少年が「エボラウイルス」から「人間」に変わった瞬間である。
 しかしトーマスは、翌日この世を去る。奇(く)しくもその日、彼は加藤に「抱っこしてほしい」とせがんでいた。だが時間制限によりそれは叶(かな)わず、「あとでたくさん抱っこしてあげる」と言い残し、加藤はテントを去っていたのだ。
 陽性者のテントの中で、母親が昨夜死んだことを告げられる4歳の少女イサトゥ。妻の後を追うように亡くなったアブドレラザック。あっという間に命を奪うエボラとの格闘と患者との関わりが、臨場感あふれる筆致で記されていく。
 しかし同様に、状況を俯瞰(ふかん)的に眺める視点にも注目したい。「一人の患者に数百万、数千万円の医療費が費やされている日本と、数百円の薬が買えなくて死んでゆくアフリカ」。無症状の子どもが有症状の患者と一緒の救急車で送られてくる現状を前に、裕福な国がいくばくか援助をすればこの状況は変えられるはずだと加藤は記す。
 新型コロナのパンデミックでは、大勢の専門家、政治家、報道陣が「大切な命」を連呼した。でもそのうちの何人が、西アフリカで起こったエボラ大流行に同じ熱量を向けただろう。命の格差と無関心の不気味さを容赦なく突きつける一冊である。
    ◇
かとう・ひろゆき 1965年生まれ。小児科医、人道援助活動家。2003年から国境なき医師団に参加し、アフリカ、アジア、国内の災害支援に従事。同団日本会長も務めた。2022年は、ウクライナでの活動にも参加。