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「塀の中のおばあさん」書評 「負の回転扉」生む不平等の構造

評者: 藤田結子 / 朝⽇新聞掲載:2023年05月06日
塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で (角川新書) 著者:猪熊 律子 出版社:KADOKAWA ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784040824703
発売⽇: 2023/03/10
サイズ: 18cm/246p

「塀の中のおばあさん」 [著]猪熊律子

 5人に1人が高齢女性となる「おばあさんの世紀」が到来する中、65歳以上の高齢女性受刑者が増えている。刑務所の新規受刑者数が大幅減少しているにもかかわらずだ。彼女たちの犯罪は「窃盗」が最多でとくに「万引き」が多い。著者は長年の丹念な取材を通して、高齢女性が「負の回転扉」にはまってしまう状況を詳細に伝える。
 ページをめくって、刑務所で作業服を着た白髪の女性たちを写す写真にまず驚く。ある70代女性は、トマトやきゅうりの万引きを繰り返し、7度目の入所だという。万引きの動機には、その日の食べ物に困るといった例はほとんどなく、むしろ年金を使いたくないなど老後の「節約」が多い。夫や近親者に先立たれ、孤独で孤立している傾向もみられる。
 「おばあさん」たちが万引きを繰り返すのはなぜなのか。女性は就労期間が短く低賃金・低年金であるが、男性に比べて長生きするという点を著者は指摘する。そのうえ、刑務所にいれば、高齢受刑者は入浴介助やリハビリが受けられ、食べ物を喉(のど)に詰まらせないよう刻み食が用意される。出所してから誰からも相手にされず孤独感にたえかねたとき、何も考えずに済み、共同生活が営める刑務所に出戻りしてしまうのだ。
 高齢受刑者には「刑罰」と「ケア」のどちらが、摂食障害で食べ物を盗んだり、覚醒剤にはまったりする受刑者には「刑罰」と「治療」のどちらが優先されるべきなのか。著者は、2022年に改正刑法が成立し、作業目的が受刑者の「懲らしめ」から「立ち直り」に移行することで再犯者が減る可能性に言及する。さらに、若いときからの職業訓練や正規・非正規間の賃金格差の解消、パートの年金保障を手厚くすることの必要性を説く。
 女性が人生で直面する不平等や困難が「塀の中のおばあさん」という存在に凝縮される。その構造を報じる価値ある一冊だ。
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いのくま・りつこ 読売新聞東京本社編集委員。1985年に同社入社。著書に『社会保障のグランドデザイン』など。