「クリエイティブであれ」/「女性ジャズミュージシャンの社会学」書評 「創造性」にひそむ搾取を考える
ISBN: 9784763420275
発売⽇: 2023/02/27
サイズ: 19cm/309,30p
ISBN: 9784791775439
発売⽇: 2023/04/12
サイズ: 19cm/280,8p
「クリエイティブであれ」 [著]アンジェラ・マクロビー/「女性ジャズミュージシャンの社会学」 [著]マリー・ビュスカート
憧れの業界で働いたら、低賃金に長時間労働。いわゆる「やりがい搾取」だが、日本だけではなく西欧でも起きていた。
英国では1997年に誕生した新しい労働党(ニューレイバー)政権時に、「創造性」への関心が急激に高まった。『クリエイティブであれ』は、文化を創造経済に転換するという号令の下、若い女性がファッションや美容、音楽やメディアなどの「やりがいのある仕事」に向かう状況を描き出す。本書によると、これらの仕事には短期雇用やフリーランスが多い。女性たちはうまくやっていこうと、起業家マインドで、自己PRや人脈作りに励み、ダイエットや外見にも気を使う。人びとが勝ち取ってきた福祉や労働組合の支援が欠けたまま、低賃金でも主体的に長時間労働をせざるをえないのだ。フェミニズムの立場からカルチュラル・スタディーズを牽引(けんいん)してきた著者はこの創造性の「装置」を看破する。その難解な文章に読者はてこずるかもしれない。
『女性ジャズミュージシャンの社会学』は、フランスのジャズの芸術世界(アート・ワールド)に迫る。ここでもやりがいのある仕事はプライベートな時間を侵食する。著者によると、ジャズミュージシャンは複数のバンドを掛け持ちしてなんとか生計をたてられる職業だという。女性は男性中心の人脈からはじかれ、仕事を獲得するのが難しい。女性の器楽奏者は多数派である男性に認められようと「男らしく」振る舞うが、それがかえって男性中心の世界を再構築し、彼女たちを疲弊させる。
両書は世界的に文化産業が重視され始めた90年代の後半から、2010年代までの状況を描いている。コロナ禍を経た今日では、英国ではフリーランスを含む創造産業従事者への経済支援が強化されるなど、新しい局面もみられる。そうであっても、クリエイティブ業界において、女性の労働が不安定になりやすい構造を分析する両書から学ぶことは多い。
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Angela McRobbie ロンドン大学ゴールドスミス校名誉教授▽Marie Buscatto パリ第1大学教授。