書いてみたかった密室状態の船上での物語
恩田陸(以下、恩田) ずっと前から、密室状態の場所で登場人物が会話をしているだけのシチュエーションで構成された長編を書きたいと思っていました。それも、一度は船上の物語に挑戦してみようかな、と。旅には最初と終わりがあるので、空間に加えて期間もはっきりさせられます。船旅というのは物語を乗せやすい舞台なんですね。
――実際に客船の取材もされたとか。寄港地の風景も非常に美しいですね。
恩田 はい、厦門(アモイ)に上陸する場面などは、実際に私が足を運んだ記憶が反映されています。また以前、辻中剛さんの『遊廓の少年』という本を読んでいたときに、今村昌平監督がその作品を映画として撮ろうとして断念したことを知ったんです。そこから「映画を撮ろうとするとみんな挫折する呪われた原作が中心にある小説」という『鈍色幻視行』の着想が生まれました。その原作というのは『夜果つるところ』という題名で、飯合梓(めしあい・あずさ)という小説家が書いたことになっています。それも作品内で断片的に触れるのではなくて、実際に書いてしまおうと思いつきました。着想の元になっているのが『遊廓の少年』なので、『夜果つるところ』も遊廓の小説なんです。飯合梓の作品ですから、文体も自分と意識して変えています。たとえば「!」や「?」を使わないというように。
――『鈍色幻視行』は連載期間が十五年に及びましたが、『夜果つるところ』という作中作は最初から書いてあったのですか。
恩田 いいえ。『鈍色幻視行』連載は何度か中断しているのですが、その間に一年くらいで『夜果つるところ』を連載して書きあげました。その後『鈍色幻視行』連載に戻る前に『夜果つるところ』を客観的に読み返してみたら、書いた自分でも意外な発見があったんです。それは以降の展開に反映しました。
題名にある「鈍色」は曖昧さを表す言葉
――『鈍色幻視行』の前半は飯合梓が失踪した謎についての物語という色合いが強いですが、後半は登場人物たちが自分の『夜果つるところ』読解を話すことが中心になりますね。
恩田 私は、創作者がどうやってものを作っているかということに興味を強く惹(ひ)かれます。だから作品を深読みすることでそれを見つけるという話になるんでしょうね。読書という行為も、たとえば批評という形でものを作ることは可能です。創造性とは何かという話になったな、と後から思いました。
――題名が非常に印象的ですが、『鈍色』という言葉はどこから生まれたものでしょうか。
恩田 今日みたいに天気の悪い日は水平線もぼやけて、空と溶け合って見えますよね。その淡さ。私は「曖昧(あいまい)さに耐える」ことが大人のあるべき姿なんじゃないかと思っているんです。鈍色というのはその曖昧さを表す言葉ということで題名は最初から決めていました。
――5月末に『鈍色幻視行』、6月末に『夜果つるところ』が刊行になります。作者としてはどちらを先に読むことをお薦めされますか。
恩田 そこは刊行順で。『鈍色』を先に読んで、呪われた原作ってどんなものなんだろう、って想像していただいてから『夜果つるところ』を手に取っていただくのがいちばん楽しめるのではないかと思います。
動画でも朗読・インタビュー
恩田さん自身による『鈍色幻視行』の朗読と、作品についてのインタビューを、動画でもお楽しみください。
2カ月連続刊行、集英社特設ページ
『鈍色幻視行』(5月26日)、『夜果つるところ』(6月26日)の2カ月連続刊行を記念し、集英社では特設ページを公開しています。漫画家・うえはらけいたさんによる体験まんが「『鈍色幻視行』を読んでみた!」や書店員さんからの感想、作品のあらすじ・人物紹介など充実した内容のコンテンツになっています。
今回ご協力いただいた、日本の季節を巡る「にっぽん丸」
クルーズ客船「にっぽん丸」は「大人のための豊かな国」をテーマに、美食、おもてなし、愉(たの)しみを追求した楽しい海の上の暮らしを提案します。
詳細はこちら