ISBN: 9784867350362
発売⽇: 2023/04/26
サイズ: 21cm/419p
ISBN: 9784873691060
発売⽇: 2023/04/25
サイズ: 19cm/255p
「香港 絶望のパサージュから語りの回廊へ」 [編]日本語版「消えたレノンウォール」翻訳委員会/「フリーダム」 [著]羅冠聡、方禮倫
2020年の国家安全維持法の施行により、香港の言論界は壊滅的な打撃を受けた。この中国による統制は、日本の出版物や研究者にも大きな影響を与えている。今回の2冊にしても、『香港』は国安法への懸念から監修者や訳者の名前を伏せ、『フリーダム』は京都の個人出版社からゲリラ的に刊行された。この異例の出版形態そのものが事態の深刻さを物語っているが、そこからは「何としてもこの本を出さねば」という出版人たちの覚悟も伝わってくる。
もともと、英国植民地時代の長かった香港では、民衆はもっぱら政治参加よりもビジネスを選んできた。それが近年の「中国化」の圧力のなかで急速に政治化し、香港の文化防衛を志す本土主義も台頭したのである。それでも、商業都市ならではの機敏さや雑食性は、今の政治運動にも豊かに息づいている。
19年の大規模デモの記録である『香港』は、香港の教会関係者が市民たちの声と街角の光景をアーカイブしたものである。その中心にはジョン・レノンにちなんだ「レノンウォール」がある。デモ参加者の貼った付箋(ふせん)がびっしり並ぶそのカラフルな壁は、草の根の願いの象徴となった。彼らにとってアートはおしゃれではなく、民主化の暗号をスピーディに増殖させる手段なのだ。しかも、その声と図像は、圧政を批判しつつも漫画的なユーモアを欠いてはいない。これら全体が「香港らしさ」を凝縮した、見事な文化政治的メッセージになり得ている。
かたや『フリーダム』は、香港デモの顔となった若き羅冠聡による一人称の声明書である。今はロンドンに亡命して言論活動を続ける羅は、もとは「活動家」タイプでなかった。状況に強いられて、そうなったのである。過激な独立ではなく、あくまで香港の自主性の回復を願う彼のクールな知性は、その偶然の成り行きから生み出された。
羅は個人史と香港史を重ねつつ、いかに香港の自由や法治が巧妙に骨抜きにされたかを示した。本来は権利を守るための法が、むしろ市民の自由を委縮(いしゅく)させる恐怖の道具に作り変えられる――しかも、この裏切りは軍事力の一撃によってではなく「百万回の微調整」の後で生じたのだ。羅はニュアンスに富んだ語り口で、権威主義体制がミクロな日常から世界観を書き換え、法の支配を解体する手口を明らかにする。
2冊に共通するのは、いわば箱舟戦略である。どん底の苦境のなかでも言論の回路を外に求め、闘争の記憶を脱出させ続けること――日本人はこの必死の試みを見過ごしてはならない。
◇
『香港 絶望のパサージュから語りの回廊へ』の原著『消失了的連儂牆』は2019年、香港で出版された。翻訳者や監修者は匿名▽ネイサン・ロー(羅冠聡) 2014年雨傘運動の学生指導者。20年に英国へ亡命。エヴァン・ファウラー(方禮倫) 香港自由新聞の共同設立者。