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「終盤戦 79歳の日記」書評 よりよく生きるため書き続ける

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年05月27日
終盤戦79歳の日記 著者:メイ・サートン 出版社:みすず書房 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784622095705
発売⽇: 2023/03/20
サイズ: 20cm/405p

「終盤戦 79歳の日記」 [著]メイ・サートン

 体が大きくてたくましいことをいう「偉丈夫」は、男性限定の言葉らしい。が、メイ・サートンの若い頃の写真を見ると、まさにそう形容したくなる。がっしりした骨格に媚(こ)びない表情、生き様もかっこいい。1960年代に同性愛を表白した勇気もさることながら、恋人との別離を経た中年期に、自然厳しいアメリカの片田舎での独り暮らしという冒険に出た。詩人であり小説も書くが、とりわけ孤独を友として自己の内面に向き合った日記は人気が高く、没後28年の今も翻訳刊行が途切れない。名著『独り居の日記』から約20年。本書でメイ・サートンは、79歳を迎えている。
 それは病気と、体の不調に次ぐ不調、痛み、苦しみ、肉体の衰えとの対峙(たいじ)の年となった。体重は20キロも落ち、写真を見てショックを受けるほどの変容を遂げている。心身ともにもはや、かつての自分ではない。そのつらさを率直に綴りつつ、サートンはこう書く。「私の内面にはまだ皺(しわ)はできていない」。そして「自分という船の船長になる」ことを諦めない。
 とはいえこの年齢での独り住まいだ。身寄りはおらず、頼りにできるのは友人たち。人に依存することを受け入れ、新しい日課をつくってこつこつ生活し、日記を書くことで日々を点検。慎重に修正を加え、よりよく生きようとする。
 荒れた庭に嘆息し、天候に気を滅入(めい)らせ、愛猫にふりまわされる。それらはまた別の日には、途方もない歓(よろこ)びをもたらしてくれる。行きつ戻りつ進む、せわしない毎日。体力的にも日記を書くことは困難となるが、彼女は石にかじりつくように書き続ける。「日記を書くことなしには、人生は空っぽで目的のないものになってしまう」
 そうして書かれた日記は、ときに苛烈(かれつ)で、豊潤で、読む人の心を不思議と休ませ、なぐさめ、滋養で満たす。自分も毎日をよりよく生きようと、しゃんと前を向かせてくれる。
    ◇
May Sarton (1912~95) アメリカの詩人・小説家。他の日記の邦訳は『70歳の日記』『74歳の日記』『82歳の日記』など。