「死刑すべからく廃すべし」書評 現代に問う明治期の手記
評者: 有田哲文
/ 朝⽇新聞掲載:2023年06月03日
死刑すべからく廃すべし 114人の死刑囚の記録を残した明治の教誨師・田中一雄
著者:田中 伸尚
出版社:平凡社
ジャンル:刑法・刑法各論
ISBN: 9784582824964
発売⽇: 2023/04/21
サイズ: 20cm/222p
「死刑すべからく廃すべし」 [著]田中伸尚
国家が人の命を奪う死刑は、本当に必要なのか。強い疑問を抱き続けた教誨(きょうかい)師が明治期にいた。僧侶として100人を超える死刑囚に向きあった田中一雄は、一人ひとりの姿を手記に残した。類例のない記録をもとに、司法のありようを問う歴史ノンフィクションである。
大勢の囚人に向かって話すのではなく一対一で。和歌を用いて相手の心をほぐす。そんな努力の末に田中は、死刑囚たちが罪を悔い、改心する姿を目の当たりにした。そしてこんなふうに記すのだ。「年時を尽くして教誨せば、十分悔悟の念ある者」であり、「死刑の要は少しも認めざるなり」。犯行の背景にある貧困にも思いをはせた。
驚くのは、この時代、田中に限らず監獄の現場から、死刑制度反対の声があがっていたという事実だ。議論の幅は、むしろ現代のほうが狭まっているのではないか。重い内容だが、謎解きの趣もある展開は、読者をつかんで離さない。