ゴシックな雰囲気漂う中国発のホラーミステリー
小説家の周旋(ジョウ・シュエン)は偶然知り合った田園(ティエン・ユエン)と名乗る女優から、黒い木匣を預けられる。数日後、田園は心臓発作により死亡。周旋の留守番電話には、死を目前にした田園からメッセージが吹き込まれていた。あの木匣を“幽霊客桟”に持っていってほしい……。
中国発のホラーミステリー『幽霊ホテルからの手紙』(舩山むつみ訳、文藝春秋)が上陸した。作者の蔡駿(サイ・シュン)は1978年上海生まれ。著作累計1500万部超というセールスを誇る人気作家で、“中国のスティーヴン・キング”の異名をもつ。
物語は3部構成になっていて、第1部は周旋が浙江省にある幽霊客桟と呼ばれる宿を見つけ出し、そこに到達するまで。もっとも長い第2部は幽霊客桟に宿泊している周旋から、旧友の警察官・葉簫(イエ・シャオ)のもとに届く手紙の紹介。そして第3部は事件の後日談と謎解きを兼ねたパートだ。ちなみに“客桟”とは中国の伝統的な宿泊施設のこと。荒れ野原に建つ、3階建ての客桟がこの小説の主な舞台となる。
ホラーやミステリーの愛好家なら、冒頭数十ページで心を掴まれるだろう。血まみれの姿でバスに乗っていた田園、古い鎖で施錠された木匣、近隣住人が決して近づこうとしない幽霊客桟。作者はホラーの勘所を押さえた筆致で、周旋と読者を謎めいた物語の中へと誘っていく。そして巻き起こる超自然現象の数々。暗い海と墓地にはさまれた幽霊客桟は、彼岸と此岸が交わる場所だ。そこでは死者がよみがえり、生者が死の世界と戯れる。この長編の真の主人公は周旋でも葉簫でもなく、血塗られた歴史を持つ幽霊客桟そのものといっていいだろう。
第2部で幻想的なムードを徹底的に作り上げた作者は、第3部であえてそこに合理主義の光を当ててみせる。ホラーからミステリーへの鮮やかな転換がなされるわけだが、しかし物語を覆う非日常の気配は決して消え去ることがない。ある女性客がチェックインした周旋に「お気の毒に。もう帰ることはできませんよ」と忠告したとおり、宿泊客の魂はいつまでもこの不気味なホテルに囚われ続ける。
現代史を背景にさまざまな因縁が絡み合う物語は、キングというよりむしろクラシカルなゴシック小説風。一方、妖艶な女性たちが物語を彩る展開は、中国の怪異小説『聊斎志異』を思わせるところもある。森村誠一の『野性の証明』が周旋の愛読書として登場するのも、日本の読者には嬉しいポイントだ。中国現代ホラーをもっと読んでみたくなる。
宿は日常と異界の接点
ホテルがホラーの舞台として好まれるのは、多くの人にとってそこが非日常的な空間だからだろう。井上雅彦監修『ヴァケーション 異形コレクションLV』(光文社文庫)は、“長期休暇”という非日常をテーマにした書き下ろしアンソロジー。牧野修、平山夢明などの大御所・ベテランから、芦花公園、新名智らこのジャンルの新鋭、王谷晶、斜線堂有紀のようにホラー以外のジャンルで活躍する実力派まで、怪奇幻想を愛する作家15名が、ときに恐ろしく、ときに心躍るヴァケーションの様子を描いている。
いくつか宿を舞台にした作品もある。澤村伊智「縊(くびる) または或るバスツアーにまつわる五つの怪談」は、アイドルのバスツアー中に起こった怪異が、関係者5人の口から語られていくという芥川龍之介「藪の中」方式の怪談。井上雅彦「あの幻の輝きは」はイングランドの湖畔の宿での幻想的な事件が、精神科医レディ・ヴァン・ヘルシングによって解き明かされる。この2作でも宿は日常と異界の接点という、需要な役目を与えられていた。
ひとりで泊まれなくなるほど怖い
ホラーとミステリーを融合させた〈ホラーミステリー〉が近年流行しているが、その急先鋒ともいえるのが大島清昭だ。このほど文庫化されたデビュー作『影踏亭の怪談』(創元推理文庫)には、ホラーとミステリーが両者一歩も引くことなく激しくぶつかり合う、スリリングな作風がよく表れている。
主人公の呻木叫子は怪談作家。取材のために各地の心霊スポットを訪れ、不可解な事件に巻き込まれる。4編の収録作中、表題作が温泉旅館を舞台にしている。姉の叫子が施錠されたマンション内で、両目を縫われて昏睡しているのを発見した弟の〈僕〉は、姉が取材中だった栃木県の旅館・影踏亭に足を運ぶ。幽霊の噂が絶えないこの宿には、どんな秘密があるのか?
ひとりで宿に泊まれなくなりそうな表題作をはじめ、どの作品もかなり怖い怪談を含んでいるが、その怪談には不可能犯罪の謎を解くための手がかりも潜んでいる。ホラーとミステリーのどちらに軍配が上がるのか、ぎりぎりまで判断がつかないのが大島作品の特徴。ぜひ収録順に読み進め、最終ページに待ち受ける衝撃の展開に震え上がっていただきたい。