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心霊こわい 千早茜

 暑いころになると、注意が必要になる。紫外線や熱中症対策だけではない、私には慎重に忌避しなければならないものがある。怖い話だ。怪談に、心霊番組、ホラー映画、心霊スポット体験談……日本の夏は怖い話にあふれている。蒸し暑い時期にひやりとした恐怖で涼を得るためとか、伝統芸能の怪談演目が夏に多かったからとか、死者の魂が帰ってくるお盆があるからとか、諸説あるようだ。

 不惑を越えてなにを言っているかと思われるかもしれないが、私は心霊ネタが苦手だ。すごく怖い。デジタルカメラの時代になってからずいぶんと減ったが、以前は夏にテレビをつけると心霊写真特集を必ずといっていいほどやっていて、ちょっとでも映像が目に入ると気を失いそうになった。怖がらせるためにできているので、音楽も、テレビにでている人の表情も怖い。だから、夏は番組表を慎重に確認してからテレビをつけていた。それなのに、番組予告で悲鳴混じりのCMが入るので、ああもうやめてやめて、と泣きそうになった。テレビのない生活を送る今もSNSを流し見していると、心霊話や怪談イベントの情報が横切り(縦切り?)、「ぎゃっ!」と画面を伏せる。肝試しやお化け屋敷に行く人の気が知れない。

 霊や呪いを心から信じているわけではない。正しくは、自分の脳が怖いのだ。怖い話や怖い空気を摂取したら、脳がより怖いものを生みだす気がする。もし百物語をしたら、最後に幻覚という名の怪異をおこさせるのは自分の脳だと信じている。その証拠に私の悪夢は現実よりもむごいことが多い。色つきだし、ときどき触覚もあるので、起き抜けはげっそりとやつれている。このやたらにリアルに再現させてしまう脳が心霊ネタに力を注いだら、涼を得るどころか心臓麻痺(まひ)をおこしかねない。

 それにしても、世界的猛暑のこの夏に人をひやりとさせるにはどれだけの恐ろしい話が必要になるのだろうか。=朝日新聞2023年8月2日