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「青春をクビになって」書評 「好き」を手放した者のそれから

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月30日
青春をクビになって 著者:額賀 澪 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163917467
発売⽇: 2023/09/11
サイズ: 19cm/218p

「青春をクビになって」 [著]額賀澪

 努力は必ず報われる、とは限らないことくらい、誰もが知っているだろう。
 それでも何かを成し得るためには努力が必要で、本書の主人公・瀬川朝彦も決して怠ってはいなかった。三十五歳。高校生のとき大学のオープンキャンパスの模擬授業で〈古事記は日本文学の最初の一滴〉という言葉を聴き、ロマンを感じその慶安大学に入学。模擬授業を担当していた貫地谷先生に師事した。
 学部で四年、院に進み修士課程で二年、博士課程で三年学んだ。元々読書好きだったこともあり、博士課程の頃からは特に「古事記における文学表現」に注目し研究を続けてきた。国文学で名高い私立大学で研究員として月二十万円ほどの給与を得ていたときもあるが、二年で契約が切れてからは一コマ九十分の授業を八千円ほどで担う非常勤講師として都内の大学を渡り歩いている。
 物語は、夏季休暇明けにそのただでさえ不安定な職を、学科長の急な呼び出しで切られる場面から始まる。非常勤講師の募集は年明けから春先にかけてが多い。今からでは来年度の講師の口は望み薄だ。それはつまり、半年後の四月から朝彦の収入がゼロになるという意味だった。
 昭和の時代には、まだ出来の良い子どもを指して、末は博士か大臣か、と期待を寄せる大人の声を聞くことがあったが、今や博士でも無職になる時代なのだ。
 研究を続けるには金がいる。けれど愛する古事記は金にならない。どれほど好きで努力を重ねても上手(うま)くいかない現実もある。その悔しさを、やるせなさを、どう消化して生きていくのか――。これまでに、青春の汗や涙、光や影を多く描いてきた作者は、朝彦だけでなく、行き場を失(な)くし失踪するゼミ時代の先輩や、研究職から足を洗った友人なども含め「好き」を手放した者たちの「それから」を見せていく。この痛みを知っておくことは、きっと人生の強みになる。
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ぬかが・みお 1990年生まれ。著書に松本清張賞を受けた『屋上のウインドノーツ』、『タスキメシ』など。