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桜木紫乃さん&中川正子さんの写真絵本「彼女たち」インタビュー あなたもきっと光を求め生きる“彼女たち”のひとり

桜木紫乃さん(左)と中川正子さん=北原千恵美撮影

最初は絵本を作るつもりだった

―― 小説家である桜木さんがなぜフォトストーリーを手がけることになったのでしょうか。

桜木紫乃(以下、桜木):担当編集者が絵本の部署に異動したのを機に、絵本を作りたいね、という話になりました。最初は大人向けの絵本を想定して、散文詩のような文章を書いていたんですが、なかなか絵が決まらないまま、2年ぐらい経ってしまって。

 今年の初めに編集者から「絵ではなく、写真でいきましょう」と連絡が入りました。そのときに提案された写真家が中川正子さんです。彼女の作品集を初めて見て、きれいな空を持った人だなと感じました。それでお願いしましょうということになったんです。

『彼女たち』(KADOKAWA)より

 でも原稿を見た中川さんから、いきなり「桜木さん、小説家なんだからもっとストーリー性のあるものにした方がいいんじゃないですか?」と連絡をもらって。

中川正子(以下、中川):そんな表現ではなかったですよ!(笑)。

桜木:ちょっと脚色しちゃいました(笑)。

中川:私としては、一緒にやるからには本気でやりたいので、感じていることを率直に伝えないと、と思って。「“桜木紫乃の物語”がもっと読みたいです」と編集者を通して伝えたんです。当時の原稿に私の写真を仮に当てたものを何十枚も作って、それもお渡ししました。

桜木:それを見たら言ってることがよくわかったんですよね。なんだか広告写真にコピーをつけたみたいな感じで。

中川:私の写真の特性もあるかもしれません。一見美しいので……美しいものばかり撮っているわけではないんですけど、パッと見で美しい写真に、紫乃さんの研ぎ澄まされたワンセンテンスが添えられると、ただきれいなだけで伝わってこない。何より私は物語が読みたいと思ったんです。

桜木:私、正子さんから物語をと言われたとき、何て嫌なこと言うんだ、痛いこと突かれたなって。きれいな言葉で逃げるな、と言われているように感じたんです。それで、原稿を一から書き直しました。

 正子さんに初めて会ったのは、今年の3月。『彼女たち』のたたき台となる原稿を携えて、3時間だけ、羽田空港の喫茶店で打ち合わせをしました。

ちゃんみなの歌に励まされ

―― 中川さんにとっても、小説家とのコラボレーションというのは初めての経験ですよね。

中川:そうですね。私はそれまで紫乃さんの作品を一冊も読んだことがなかったので、まずは作品を読むことから始めました。桜木作品を何冊も読んで感じたのは、この強い世界に私の作品が重なるとどうなるんだろう、ということ。自分がこの仕事を引き受けるのに相応しいのか、という不安も感じましたが、同時に、楽しみも感じていました。

 編集者からはこの仕事について、私の写真だけでなく、明るさに期待している、と言われて、面白いオファーだなと思っていたんですね。でもそうか、紫乃さんは紫乃さんの強く大きな世界を持っているけれど、私は別にそこに全部寄り添わなくてもいいんだ、と。その世界を翻訳する必要はなくて、紫乃さんにはない何か、明るい部分を求められているんだとしたら、そっちは自信があるなと思ったんです。それで、まずはお会いしてみようということで、羽田に向かいました。

―― 初対面の印象は?

桜木:正子さんは挨拶もそこそこに「今、ちゃんみな聴いて泣けてきちゃって~」って言い出して。それがとてつもなくかっこよかったので、この人、写真家じゃなくて被写体じゃないのって思いましたね。

中川:私はこれでも結構緊張してたんですよ。紫乃さんがこの調子なので、あっという間に心がほぐれましたけどね。

 なぜ、ちゃんみなの話をしたかというと、彼女が「美人」という曲で、「前例がないのは怖いかい ならお手本になりなさい」とドスの効いた声で歌っていて、すごく勇気づけられたから。初めての挑戦だけど、ちゃんみながそう歌ってるからがんばろうって思ったら、思わず涙が出てきちゃって。

桜木:その話は今日初めて聞きました。すごく堂々としてましたけどね。

中川:まぁ、自分に自信がない方ではないので。

桜木:かっこいいなぁ。

中川:それは等身大として、ですよ。自分のサイズも知っているからこそ、紫乃さんと私で釣り合いがとれるのかなと思ったんですけど、私の役割がきっとあるはずという確信もありました。写真や明るさだけでなく、紫乃さんの作品をたくさん読んでからお会いしたので、ファンとして、一読者という立場でもお役に立てるのかなと。

 でも私は、小説家に物語を書いてほしいとお願いすることの重みをわかっていませんでした。素人ならではの怖いもの知らずの発言だったなと、後々になって感じましたね。

―― 担当編集者からは、言いたくても言えないことだったかもしれませんね。

桜木:そうなんです。やっぱり物語が必要ですって、編集者も言いたかったと思うんですよ。でもそれを正子さんが言ってくれたから、しめしめと思ったんじゃないかな(笑)。

―― そこから出版までは早かったですね。

桜木:私が「クリスマスに女友達に贈りたくなるような本にしたい」と言ったら、正子さんが賛同してくれて。この人すごくせっかちなので、すぐ編集者に「クリスマスに間に合わせるには、締切はいつですか」って。そこからは、今すぐ私たちがやらないと、というぐらいの切迫感で進めましたね。

削って、こねて、発酵させて

―― 普段、小説家として描写のために筆を尽くす桜木さんが、『彼女たち』ではあえて言葉少なに、写真や読者の想像に委ねる表現をされています。桜木さんの頭の中には、もっと物語の世界が広がっていたのでしょうか。

桜木:3人の物語、それぞれ100枚ずつは書けますね。それを削って削って、こねて、二次発酵、三次発酵させて……。小説家と写真家、プロがふたり揃って作るものだから、お互いがお互いの添え物になってはいけないし、遠慮もあってはいけないと思って、文章にはとことん手を入れました。今回ありがたかったのは、正子さんはもちろん、編集者もデザイナーも一切妥協しなかったこと。私もちょっとこだわりがあったしね。

中川:ちょっとどころか、紫乃さん、ずーっと直してたじゃないですか。どこが変わったか、私には詳しく知らされないんですが、おそらく一文字抜いたとか、助詞ひとつ変えたとか、行を変えたとか、そういうレベルなんですよ。でも明らかに精度が上がって、より物語がくっきりしていく。これがプロの仕事かと目の当たりにしました。

桜木:このスタイルで、短編小説一冊分の何かを届けられるか。大きな賭けだなと思ってますけどね。

中川:私は全然怖くなくて、むしろ楽しみですよ。読者としては、削ぎ落した物語のすごさも感じました。3人目のケイさんの話を初めて読んだとき、私はケイさんのパートナーを女性だと思ったんです。少し落ち着いた住宅街で喫茶店をやっているケイさんと、年上の彼女という絵が浮かんでいて、キャスティングもできそうな感じでした。でも、もう一度読み直したら、女性同士なんてどこにも書かれていなくて。ここまで想像をかき立てるなんて、桜木紫乃すごい!って震えました。

桜木:私は全然そんなつもりじゃなかったんですよ。

中川:私が勝手に行間を読んで、どんな土地に住んでいるか、どんな喫茶店で、ケイさんはどんなファッションと髪型か、きっと髪は染めてなくてグレイヘアだなとか、勝手に想像したんです。かっこつけて言うと、私がビジュアルの世界の人間だからだと思うんですけど。

―― 自由に想像を膨らませるだけの余白があった、ということですよね。

中川:そうなんです。私が埋めたその余白が正解かどうかはわかりませんが、きっとそれでいいんだろうなと。読者がそれぞれ物語を勝手に膨らませて、やがて自分と重ねていく……。『彼女たち』は、そんな風に楽しめる本だと思います。

トンネルの中にいる人に光を届ける写真

―― 写真はどのように撮影されたのですか。

中川:もともとあったものもいくつか使いましたが、物語をいただいてからも、毎日の中で撮っていくようにしました。

 紫乃さんの暮らす北海道に行って、紫乃さんがずっと見てきた景色を撮ってみたいなとも思ったんですけど、3人の女性たちが日常の中で感じて、見つけて、つかみとっていく、そういう写真を撮るには時間が必要だなと思って。足下を見たり遠くを見たり、そういう日々の生活の中の写真がいいと感じたので、自宅の半径200メートルぐらいで撮影した写真が多くなりました。

 私が岡山在住なので、たまたま岡山の写真になりましたけど、読者の方がそれぞれ、自分の住む場所に重ねてくださればうれしいです。

『彼女たち』(KADOKAWA)より

桜木:どこにでもある風景ですよね。生活ってどこにでもあるから。

中川:日々を忙しく暮らしている方は目に留めないような写真が使われていますが、自分の暮らしの中にも光があるなと感じてくれたら何よりです。

―― 写真を担当するにあたって、どんなことを心がけましたか。

中川:私の突っ走った妄想で行間を埋めまくってはいけない、と思ったので、そのあたりはかなり気をつけました。たとえば、「イチコとジョン」に登場するジョンはどんな猫か。ケイさんが営む喫茶店はどんなお店か。どちらも撮り過ぎると、イメージが具体化してしまいますよね。かといって、気取った感じのわかりにくい写真を並べるのも違うと思ったので、どのくらいがちょうどいいのかなというのは随分考えました。私が読者として味わった、余白の喜びみたいなものを奪い過ぎないように。

桜木:なんだか、歌を作る時と同じですよね。歌詞が先にあって、メロディーをつけてもらったみたい。贅沢ですね。

―― 写真の選定は、桜木さんや編集者さんと話し合いながら進めたのですか。

中川:いえ、写真はデザイナーの岡田善敬さんに選んでもらいました。私が自分で選ぶと、手癖みたいなものが出てしまって、想定内になってしまうと思ったからです。岡田さんも北海道の方で、オンラインでしかお会いしていないんですけど、あえてそういう方にお任せするというのはすごく面白いなと。

 普段なら言いませんが、必要と思われるなら横位置で撮った写真を縦で切ってもいいです、ともお伝えして、300枚以上の写真を預けました。300枚の中には、私なら使わないような写真も一応入れておいたんですけど、実際そういう写真が思いもよらない形で使われていて、いい効果を出していたりもしましたね。もちろん、違うなと思ったところは変えてもらったりもしたんですけど。

―― 桜木さんも写真選びにはかかわっていないのですか。

桜木:私はもう全然。組み上がった状態で見せてもらいました。途中で差し替えられたのとかは見ていましたけどね。

中川:表紙も他に候補がありましたしね。最初は表紙だからと肩に力が入ってしまって、もっと強めの写真を推してたんですけど、結局変えてよかったなと思いました。

『彼女たち』(KADOKAWA)より

桜木:表紙はこれが一番きれいだったし、語り過ぎない感じがいいですよね。きれいなものがきれいに見えるありがたみを感じるというか。私、更年期でしんどかったとき、自分でも気づかなかったけれど、トンネルの中にいたんです。でもある日、朝日が入る台所で、古いステンレスシンクに流れていく水を見て、あ、きれい、と思った。その瞬間に、トンネルが終わったんです。その日のことは今でもよく覚えていて。

中川:最初にいただいた原稿にも確か「長いトンネルを抜けた朝」というフレーズがありましたよね。読んだとき、これが紫乃さんの見せたい景色なんだろうなと感じました。私も元気がないときはありますけど、闇の中で光を見つけるのは特技なので、それならできるって思ったんです。あの文章が消えてなくなったあとでも、あれが紫乃さんの見せたい景色のひとつだろうなと感じていたので、光の写真をたくさん見てもらいました。

桜木:いいたたき台ではあったんですね。トンネルの入り口に立っている人、トンネルの中にいる人、もうすぐトンネルを抜ける人……そういう人のところに届けるための本だったんだなって、今気づきました。正子さんの写真で、出口を見てもらえたらいいなって思います。

物語の余白に自分の人生を重ねて

―― イチコ、モネ、ケイの3人に自分を重ねるとしたら、一番近いのはどの女性ですか。

中川:世代は違うけど、気配として一番似ていると感じるのはケイですね。実は、モネは一番遠いと思っていたんです。私には今中学生の息子がいて、小さい頃は子育てもそれなりに大変だったはずなんですが、大変だった部分はごっそり忘れて、今では美しい思い出になっちゃってるところがあって。

 でもね、少し前に仕事で東京に来たとき、昔住んでいたあたりを歩いていたら、急に当時のことを鮮明に思い出したんです。赤ちゃんだった息子を抱っこして、泣きながら歩いていたときのこと。泣いていた理由は忘れちゃったけど、なんだかいろいろと、うまくいかなかったんだと思います。

 モネの話を読んだとき、私はこういうんじゃなかったなって、自分がイケてる母親みたいな上から目線で読んでたんです。でも、いや、全然モネだったのかもって、当時の景色と重ねたときに気づかされました。

『彼女たち』(KADOKAWA)より

桜木:イチコもモネもケイも、それぞれ漠然とモデルになる人はいたんですけれど、よく読むと全部私なんですよね。短くすればするほど、自分に似ていくのがわかったというか。書くのに一番苦労したのはモネなんですけど、潔く短くしたことで、うまくいったような気がしています。スパッと切った、切り口を見せられたなって。

中川:モネの境遇とか性格とか、そういう情報を入れると小説になるんでしょうね。でも今回、そこを削ぎ落したからこそ、誰もがモネになりうる物語になったと思うんです。

 急いでさーっと読んでしまうと、読み落とす部分もあるかもしれないので、できれば静かなところで、ゆっくり読んでほしいですね。声に出して読んでみてもいいかもしれない。甘いミルクコーヒーを片手に、自分の体験を余白に詰め込みながら、じっくりと味わってみてください。

桜木:『彼女たち』は、今の私だから切り取れた物語だと思います。クリスマスに友達に贈りたくなるような本になっていたらうれしいですね。