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映画「花腐し」出演・柄本佑さんインタビュー 落日のピンク映画界で「腐っても生きていく」人間賛歌

柄本佑さん=junko撮影

男女の仲の終わりと再生をリンク

――原作を大胆に翻案して書かれた脚本ですが、柄本さんは初めて読んだ時「おもしれー!」と思ったそうですね。どんなところに面白さや魅力を感じましたか。

 言葉で説明するのがすごく難しいんですよね。お話の面白さで言えば、栩⾕と伊関が話している女が実は同じ女のことで、ラストにある驚きとかいろいろあるんですけど、端的に言えば、本当に「映画の本だ」という言葉に尽きるんですよ。というのも、セリフのひとつひとつが「劇の本」なんです。

 「日本映画の父」と呼ばれた牧野省三さんの「一スジ、二 ヌケ、三ドウサ」という映画作りの3大原則(「スジ」はシナリオ、「ヌケ」は映像技術、「ドウサ」は役者の演技や被写体づくりのことを指す)の作り方をしているところがあって、セリフも物語のためのセリフと言いますか、物語を紡いでいくための章立てになっているので、そういったものの積み重ねで一気にラストまで駆け抜けていったような印象でした。

――「ピンク映画へのレクイエム」という荒井監督ならではのモチーフも取り込んでいます。

 荒井さんが若い頃に携わってきたピンク映画がフィルムからデジタルに変わった途端、「もうピンクは終わったんだ」みたいな言われ方をして、そういうひとつの時代の終わりと再生に向かっていくみたいなことを、「花腐し」に出てくる男2人と女1人の出会いと終わりに少しリンクさせているところの面白さもあるなと思います。

――柄本さんが演じた伊関は、脚本家志望ながらもうだつが上がらず、つかみどころがないようでいて、どこか純粋な面もある人だなと思いましたが、ご自身ではどのようにとらえて演じていましたか?

 伊関は、若い時は映画に対して高邁な志や夢も持っていて、「自分もこういう風になりたい」「この世界に踏み入れたい」という憧れを持ち、前向きに生きていた人物です。そんな男が、この作品の中で言うところの「腐っちまった俺たち」になっているんだけど、僕が演じる際の役割としてとらえていたものとしては、栩谷を冥界に誘っていく案内人のような役割があるのかなということくらいでした。

互いの認識がぴたりと合った

――栩谷を演じた綾野剛さんとの共演はいかがでしたか? 

 綾野さんとはこれまで2度ほどご一緒したことがあるのですが、こんなにしっかりとセリフのやり取りをやらせてもらったのは今作が初めてなんです。最初に本読みをやった時に、この作品の脚本と綾野さんの親和性の高さには驚きました。その世界のなじみ方というのかな。荒井さんの書いたセリフに綾野さんの声がとてもフィットしていて、「こんなに似合うんだ」と思ったんです。その後完成作を見ても「やっぱり似合うな」と思ったし、しっくりと腑に落ちるものがありました。綾野さんは初めからこの作品の中への溶け込み方が自然だったように感じましたね。

――特に印象的だった共演シーンは?

 ずっと2人で話しているので、もう濃密なシーンしか印象にないのですが、最初の段取りをやった時に、お互いがこの本を読んで思った重要な部分の共通項が一緒だなって感じたんです。他は点でバラバラでもいいけど、「ここは合わせておきたいよね」っていうところがぴたりと合って、言葉を交わさずとも「あ、この感じだよね」「そうだよね」みたいに、お互いそう思えたなと感じたので、初めてとは思えないくらいすんなりとやり取りができました。

(C)2023「花腐し」製作委員会

現在はモノクロ、過去はカラー

――現在と過去の出来事が交錯しながら展開していきますが、現在をモノクローム、過去をカラーで描くという⼿法を用いていますね。

 作中で、マキタスポーツさん演じる大家が大滝詠一さんの「君は天然色」を歌っているんですけど、その中に「想い出はモノクローム 色を点けてくれ」っていう歌詞があって、荒井監督はそこから取ったと仰っていましたけど、僕はカラーからモノクロに戻って、モノクロからカラーにいくっていうつなぎの部分が妙にいいなって思うんです。あまり重くなくて、洒脱なところがあって、この映画ですごくいい流れを作っているんです。

――お酒を酌み交わしながら徐々に打ち解け、互いの過去を語り合う2人ですが、タバコに火を点けるシーンも多かったですよね。それは何かをきっかけを起こすアクションだったのかな? と解釈したのですが……。

 それはね、本にそう書いてあったんですよ。あるシーンで各々がタバコを吸っていて、もう1本吸おうと思ったら中身がなくなっていて、箱を握りつぶしたら相手から1本もらう、みたいなことや、酒をつぎ合う順番や流れなんかも全部書かれていたので、きっとそういったアクションも物語の中である種のセリフとして使われていたのかなと思います。この2人の間に何かが生まれた瞬間だったり、出会いを経てこういう関係になっていくみたいなことがそれで後々分かったり、そこにたどり着くようになっていたんじゃないかな。

――タイトルに引⽤された万葉集の和歌「花腐し」とは、きれいに咲いた卯⽊の花をも腐らせてしまう、じっとりと降りしきる⾬を表現した言葉ですが、この作品で言うところの「腐敗」はどんな意味を持つと思いますか?

 作品の中で、伊関が「俺たちはもう腐っちまった」みたいなことを言っているんだけど、僕は今作における「腐る」って、ちょっと前向きな感じがするんです。「朽ちてなお、生きていく」という作品のコピーにもあるように、「腐っても生きているんだ、俺たちって」とか「それでも歩いていかなきゃいけないんだよ」という風に思えて「しょうがねぇじゃねぇか、腐っちまったんだから」みたいなマイナスな印象はないですね。だからと言って別に皮肉で言っているわけではなく、この作品を通して「腐る」という意味を考えてみると、人生賛歌、人間賛歌のような言葉のひとつのようにも感じるなと思います。

(C)2023「花腐し」製作委員会

浴びるように見たピンク映画

――廃れていくピンク映画業界で生きる映画監督の栩谷と、脚本家志望の伊関、そして女優として花開くことを夢見る祥子。この3人がしがみついてきたのが「映画への夢」でした。数あるエンターテインメントの中で、柄本さんにとって「映画」とは?

 やっぱり、憧れかな。それは映画を愛する者としての「憧れ」で、過去の作品や名作を見ると、よりその憧れはどんどん強くなって、自分と映画がかけ離れていくなと感じつつ、その思いを言葉にしようとすればするほど「そうじゃない」って思うくらいの憧れです。

――ピンク映画にはどんな思い出がありますか?

 僕は18歳くらいの時、ピンク映画を浴びるように見ていたんです。料金も安いから1000円ぐらいで3本見られたし、1本が大体1時間10分くらいと短いから本数を稼げるんですよ。

 とにかく本数を稼がなきゃ質のいいものには出会えないと思っていた時期なので、ピンク映画はもってこいだったんです。当時は年間に上映される日本映画の3分の1がピンク映画だったし、瀬々(敬久)さんやサトウトシキさんといった有名な映画監督たちがメジャーな作品をやりながら、たまにピンクに帰ってきて撮った作品も見に行きました。

――ピンク映画は日本文化としても隆盛を極めていたのですね。

 ピンク映画って、10分に1回はベッドシーンがあって、3人以上の女優さんが裸になるんですけど、尺は60分から70分ぐらいまでということさえ守れば何をやってもよかったので、自由度の高い作品がいっぱいあったんですよ。この映画にも出てくる上野(俊哉)さんという監督がいるのですが、僕は上野さんのピンク作品が大好きで、特に『猥褻ネット集団 いかせて‼』という大傑作は、毎年文芸座でやっているオールナイトも見に行っていました。

 それに、子供のころ今岡(信治) さんや女池(充)さんといったピンク映画界の重鎮がいる飲み会にも何回も参加させてもらったんです。それくらい僕の中にピンク映画に対する思い入れがあって、自分とそんなに遠くない世界線だったっていうことが言いたくて、こんなに長々しゃべりました(笑)。